デザイナーよ、そんなに急いでどこへ行く

sketches, works — yam @ March 10, 2010 11:28 am

projectF_sketch

デザイナーの道具のカタログを見ると、「素早く確認」とか「時間の節約」という言葉がよく使われています。いわゆるアーティストが使う画材との、一番の違いはそこかもしれません。

例えば、プロダクトデザイナーのスケッチに多用されるマーカーですが、これも準備のいらない乾きが速い画材として開発されました。最初に普及したデザイナー用マーカーのブランドが、スピードとドライをおやじギャグ的に合わせた「Speedry」ですから。今では高校生も使うようになったコピックも、トナーを溶かさないのでコピーした線画の上に塗れて、スケッチが量産できる事が売りだった頃の名称が生き残っています。

モデル材料も同じです。モデルを作るときのデザイナーの仕事は彫刻家に似ていますが、デザイナーは決して大理石を使ったりしません。発泡スチロールや粘土などの造形が簡単な素材を多用します。スチレンボード、バルサ、ケミカルウッド、いずれも加工しやすいから使われる材料です。

今や、画材としてパソコンを使い、CADと3Dプリンターでモデルを作るようになりましたが、その売り文句も相変わらずスピーディ。

なぜそんなに急ぐのでしょう。アートは心行くまでやればいいが、ビジネスは違う。それはそうですね。産業人である以上、人件費節約や時間短縮は当然だし、意思決定の方法として、ともかくたくさんアイデアを集めるというやり方もあるでしょう。しかし、そうした企業論理とは別に、テクノロジーと関わるデザイナーの仕事は、根本的に瞬間芸であると感じます。

多くのデザイナーは、長くひとつの技術を育てる立場ではなく、むしろその成熟のタイミングを見極める立場にあります。常に進歩し続ける技術と人々の欲望の接点は一瞬。完成度の低い技術は見向きもされず、やっと役に立つようになった技術は、その瞬間から陳腐化し始めます。デザイナーはその一瞬を狙って、アイデアを定着させなければなりません。

ボールがはねる瞬間を捉えてライジングをたたくために、着地点に素早く回り込む。そんなダッシュ力が要求される職業なのかもしれません。私自信はダッシュ苦手なのですが。

上は、秋に発表したコンセプトモデルのスケッチ。ボールペンとコピックで描きました。短期間のプロジェクトでしたからほとんどボレーです。ゆっくりボールの行方を見極めたいものです。

がんばれ、ウィルコム 2

works — yam @ February 21, 2010 10:45 pm

ax520n

ウィルコムが会社更生法の適用を申請したというニュースを聞いて、一緒にものづくりの夢を見たいろいろな人の顔が浮かびます。写真のAX520Nもそんな人たちと作りました。これが私のデザインである事は、ほとんど知られていないのですが。

「新しいエアエッジ通信カードのデザインがいまいちなので、直してくれないか」という依頼を受けたのは2004年のことでした。すでに開発は完了していて2ヶ月後には発売予定なので、中身はそのまま形だけ急いで変えてくれという依頼。

W-SIMTTなどの、基礎技術開発から参加したプロジェクトがまさに架橋であり、製品の外観と内部構造は一体に開発されなければならないという事を何度も訴えていた時期でした。当然、「デザインとはそういうものではない」と一蹴。

…したはずだったのですが、熱血漢のウィルコムの人たちに食い下がられて、引き受けることに。

既に出来上がっていた試作品は、トイロボット風のデザインでした。そのロボット君の図面を見ながら、どうしたものかと考えている最中に、ある部品が目にとまりました。それはアンテナのコアパーツ。

この新製品の売りである高効率でコンパクトな2本のアンテナの内部には、電波を効率よく受けるために小さなジグザグ形状の金属板が封入されていました。その繊細な機能美に感銘を受けた私は、アンテナ全体を透明にし、その回転軸を起点とするプレーンなスタイルを提案しました。

もとより内部を露出する事など想定されていない設計だったので、きれいに見せるための接着面や回転軸の構造まで提案し、一ヶ月のやっつけ仕事のはずが、いつの間にやら半年かけた本格的な開発に。

結果的には、5年たった今も売られていて、この業界の製品としては画期的なロングセラーになりました。その間に会社の方が危うくなってしまうのですから、わからないものです。

がんばれ、ウィルコムの人たち。

TAKEO PAPER SHOW 2010 は3人で

works — yam @ February 19, 2010 8:42 pm

tps2010-proto-_logo

4月に開催される竹尾ペーパーショウ2010は、山口信博さん、緒方慎一郎さんと私の3人展となりました。

山口さんはブックデザインの大御所。最近は、紙を折るという伝統的な行為を、青山にあるショップ兼ワークスペース「折形デザイン研究所」で研究しておられます。

緒方慎一郎さんは、「八雲茶寮」(先日石井裕さんや古田貴之さんと食事した場所)や和菓子HIGASHIYAなどの、経営者でもありデザイナーでもある才人。新しい紙器「WASARA」の開発でも知られます。

和と紙に精通したお二人。そこに私が混ざっているのは、やはり誰が見ても不思議みたいで、昨日の記者発表でも友人のデザイン・ジャーナリストから、「なんでここにいるの?」とか言われるし。

3人でああだこうだと言い合って決めたタイトルが「proto-」。紙本来の力を体感できるペーパーショウを目指します。

proto-

[語源  portos (first;Gk) ]
原始の、根源の
最初の、主要な、本来の

protocol 作法、手続き;儀礼、典礼
proto-human 原人
protoplasm <生物>原形質
proto-planet <天文>原始惑星
prototype 原型;典型;模範、手本

出典/「グランドコンサイス英和辞典』(三省堂)他

いつも傍に紙があった。今年は「感じるペーパーショウ」。

太古の時代に生み出されてこのかた、紙は、常に人間の傍にありました。近代以降、おもに情報伝達に使われてきた紙の価値が揺らぎ始めている現在、「紙とは何か」、「紙は人間に何を与え、紙から何を受け取ってきたか」「紙を使う社会には、どんな未来があるのか」をあらためて問い直す必要があるのではないか。<竹尾ペーパーショウ2010>では、「原始」「原型」などの「原」を意味する接頭詞「proto-」をキーワードに、いま一度紙そのものの本質に立ち返りつつ、人間と紙の関係性を見直す手掛かりを、体験による実感をともなった形で提供したいと考えています。

会期=2010年4月15日(木)〜18日(日)

開場時間=4月15日(木) 13:00-21:00、16日(金)・17日(土) 10:00-21:00、18日(日) 10:00-15:00

会場=丸ビル ホール
〒100-6307 東京都千代田区丸の内2-4-1丸ビル7階 連絡先Tel:03-3217-7111

主催=株式会社竹尾
総合プロデュース=竹尾 稠
アートディレクター=山口信博、緒方慎一郎、山中俊治
編集=大谷道子
協賛=特種製紙株式会社、日清紡ペーパー プロダクツ株式会社、王子特殊紙株式会社

らせんとふし

Bones, works — yam @ February 14, 2010 12:44 pm

cyclops_in_spiral1

生物らしい形の典型は、螺旋と節(ふし)。先日の対談での倉谷さんの言葉です。このふたつは、いずれも生物の発生成長の過程で生まれる形です。

つるや巻貝ばかりでなく、植物の実や葉のかたちや骨のカーブなどにも螺旋曲線が現れる事はよく知られています。生物の細胞は、大きくなるほどたくさんの細胞を生み出すことができるという、一種の複利計算で増えていきます。ある一点を起点に雪だるま式にふくれあがった形が対数螺旋と言われるもので、これが多くの生物の形の基調になっているようです。

一方、節は、発生過程を見ると古い細胞を一定間隔で刻むように新しい細胞が現れる事で生まれるそうです。生物はある程度成長すると自らの体を刻んで、複雑な構造を獲得します。私たちの背骨は最もわかりやすい例ですが、例えば手も、骨が先に行くほど小さくなって、枝分かれして、ものをつかんだり、握ったりできる繊細な構造を形成しています。単調な繰り返しではなく、先に行くほど繊細になるというのも、生物の節の特徴ですね。

螺旋が単調な成長の典型であるのに対し、節は複雑化の典型です。倉谷さんが生き物とそうでないものを見分ける鍵として提示しているのは、生命の製造プロセスの痕跡なのです。

工業製品のボディは、一般的には最終的な形で製造され、それ以降は成長しないものなので、そこには螺旋や節が生まれる必然性はありません。デザイナーが形だけを螺旋にすることはもちろんできますが、研究者の目で見れば構造がそうなっていないのは明らかです。チェーンなどは、同じものがたくさんつながっていて一見、節があるように見えますが、複雑化をともなうものではないので、これもちょっとちがう。

もっとも、近頃はプロダクトも少しは成長するようになりました。ソフトウェアの世界では、リリースされた後の増殖やカスタマイズは当たり前になっています。いずれプロダクトも「成長と複雑化」を獲得して、倉谷さんにも見分けのつかない形になっていくのかもしれませんね。

写真は2005年に開催した展覧会「MOVE」の一風景です。槇文彦さん設計の青山スパイラルビル、あの場所に立つCyclopsが見たいというイメージが先にあって企画した展覧会でした。ビルの名を象徴する「螺旋」階段の中央に「節」を持つロボットが立っています。この光景を思い出して、倉谷さんの話との符合にうれしくなりました。

浦沢直樹さんのPLUTO

works — yam @ February 11, 2010 1:06 am

morph3_anatomy

鉄腕アトムのストーリーの中でも人気の高い「地上最大のロボット」を最初に見たのは、幼い頃に買ってもらった漫画雑誌の別冊でした。なぜか上巻だけが随分後まで手元にあって、何度も読み返しました。今読み返すと本当に短いストーリーなのですが、私の中では心躍る壮大な叙事詩のままです。

そんな思い入れのあるシリーズだったので、浦沢直樹さんによるリメイク「PLUTO」の連載が始まったときは、イメージを壊されるのが不安で、見ないようにしていました。でもあらためて単行本を読むと、そんな杞憂は吹き飛びます。

手塚治虫さんは「鉄腕アトム」を、元々ロボットとしてではなく超能力少年として構想したそうです。実際、ストーリーの多くはロボット技術が主テーマではなく、むしろスペシャルな能力を持ち、それゆえに愛されると同時に差別も受ける「人間」の物語だと言う印象を強く受けます。いわば説明のために「実はロボットである」という設定が使われている構図は、ドラえもんと同じですね。

浦沢さんはそうした物語上の特性をきちんと踏襲しています。アトムの姿がリアルな普通の子供として描かれていることに衝撃を受けますが、実は手塚さんも普通の少年の姿として描いていたのだという事に、改めて気付かされます。独特の頭が「寝癖」としてリデザインされているのは笑いました。

「PLUTO」に登場する他のロボットも、技術アイデアのバリエーションというよりも、キャラクターとして設計されています。エヴァや甲殻などでは技術妄想の固まりのようなディティールが目を引きますが、浦沢さんはアトムの世界を壊さないようにそういうものを押さえたのかも。いかにも素朴なモンブラン、格闘ショー用に作られた派手な出で立ちの2体、美形のエプシロン、妖気漂うプルートゥ、それぞれにキャラ立ちがすばらしい。

中でも私はノース2号の話が好きです。ノース2号が他のキャラクターと違うのは純粋に戦闘兵器であること。その姿はずっとマントで隠されていて、兵器としての異形があらわになるのは、たった一コマ。その一コマが身悶えするほど禍々しく美しい。そして間もなく訪れる静かな終焉。

私の中では、少年の頃のあこがれの世界が見事に着地しました。浦沢さんに心から感謝です。

*写真はmorph3。2003年に研究用ヒューマノイドとして古田貴之さんと製作しました。そう言えばなんかこういう、半ば解体された状態の奴も登場してましたね.。

天使は昆虫から進化した

Mac & iPhone, sketches, works — yam @ February 5, 2010 11:43 pm

hallucigenia_sketch

骨展が終わって、人前で話す機会が減ってほっとしていたのですが、このところ立て続けです。昨日はとうとうダブルヘッダー。

第1試合は、お台場テレコムセンターで行われたキッズデザインセミナー。「iPhoneを使いこなす赤子」のムービーに、皆さん相当の衝撃を受けていただいたようです。当分使えそう。

第2試合は、森美術館で開催されている展覧会「医学と芸術展」の関連イベントで、理化学研究所の倉谷滋さんとの対談。生物の形態進化と発生がご専門の倉谷さんは、本当にお話が上手なので、私自身が楽しませていただきました。

倉谷先生いわく「天使は進化発生学的に見ると、六本足の動物から進化したとしか考えられない」。生物は、進化の過程で様々な器官のつながりを急に変える事はできない(ジョフロアの法則と言うそうです)ので、鳥の翼が祖先の恐竜の前足に由来するように、天使やペガサスの祖先には、後に翼になるもう一対の足があったはず。だから天使の祖先は昆虫かもって。

他にも面白い話題が満載でした。「亀の甲羅は肋骨を折り返して作られる」「カメと鶏は発生過程が近いので、甲羅のある鶏ができるかもしれない」「目の構造は完成度が高すぎて、他の『見る器官』の進化を阻んでいる」「人を解剖したときに、最も生々しくその人を感じてしまうのは手だった」「生物らしい構造は螺旋と節」「腕時計の部品が耳小骨に似ている」「生物は最初にマイクロマシンを開発して、後にテコのようなマクロな構造を作り上げた。」

どのタイトルでもブログ記事一本かけてしまいそうです。

お話の中にカンブリア爆発の話も出てきて、グールドの「ワンダフル・ライフ」を読んだときの感激を思い出しました。当時、自分でもやってみたくなって化石の復元図のつもりで描いた「ハルキゲニアの想像図」を、古いHDからサルベージしてきました。書いたのは1996年です。7対の足に7対のとげ。こいつならたくさんの翼でも大丈夫。あー、ルシファーだとまだ足りないか。

孤独な時間

sfc, works — yam @ January 31, 2010 3:16 am

aveincad2

日産自動車に桜井眞一郎という人がいました。名車スカイラインの主設計技師を6世代にもわたって勤め「スカイラインの父」と呼ばれています。私が入社したときにその桜井さんが、技術系入社式の壇上に上がって、話をしてくれました。

「出世して、社長になって高い給料をもらいたいがために、この会社に入ったという人は、ここにはいないと信じます。」

少し挑発的な発言から始まったその講演は、ものづくりの喜びに満ちていて、大変印象的なものでした。メモもないので、不正確かもしれませんがこんな言葉が心に残っています。

「新しい車の開発が始まると、私は3ヶ月ほど自室にこもります。大きな図面台に向かって、サスペンションの軸の角度やエンジンの位置をひとつ一つ検討し、全体の計画図を書き上げるのです。長く孤独な時間です。」

出世を求めない桜井さんは、その4年後にはスポーツカー開発の子会社に移籍してしまいました。職人肌だなあと思いました。自分もそうありたいと。

私は今、その時の桜井さんとほぼ同じ年齢になり、今日もCADに向き合っています。道具は変わってしまいましたが、ものづくりの喜びに満ちた孤独な時間に迷いなく向き合えるのも、あの言葉を聞いたおかげかも知れません。

大学の研究プロジェクトでも、学生からデータを取り上げて自分で手を入れてしまう私ですが、学生たちに出世を求めるなとまでは言えません。…言ったかな。

(CAD図面はコクヨ「アヴェイン」の初期のもの)

曲面を作る

sfc, works — yam @ January 28, 2010 6:09 pm

ovo

ふっくら、ぽってり、ゆったり、粘り着くような、流れるような、張りのある、しっとりとした…。こうした表現からどんな曲面を思い浮かべますか。

曲面が持つニュアンスには、それを作る素材の物性が色濃く現れます。その由来をはっきり意識する事は、立体物を作るデザイナーにとって、とても重要なことです。

固いものが研磨されてできる曲面、液体が表面張力で作る曲面、伸縮性のある膜を引っ張ったときの曲面、内部の圧力で膨らんだ曲面、成長によって形成された曲面。それぞれに全く性質が違うので、むやみに混在させる事は御法度。デザイナーは意識して使い分けます。

私が慶應義塾大学SFCで受け持っている演習授業では、「河原の小石」という課題を出題しています。

木片を削って、河原に落ちている石ころに見えるオブジェを作りなさい。

課題の目的のひとつは、頭でっかちになりがちな学生達に、自分の手でとことん立体とつき合う経験をさせることなのですが、もう一つ、自然の営みの中で生み出される曲面の「典型」を探させる演習でもあります。

面白いのは、ただ河原から石を拾ってきて、それをそのまま模写して木で作っても、少しも石には見えないことです。たくさんの石の中から、エッセンスを感じ取って典型的な石を作る事。それがうまくできると、本物の石より石らしい立体を作る事ができます。

先日、たくさんの木製の小石を持ってきた学生がいました。この課題の提出が終わってからも、半年間、少しずつ作ったそうです。求道者に出会って、ちょっと楽しくなりました。

写真は腕時計OVO(2007年)、撮影:清水行雄

奇人・天才シリーズ4:石井裕さん

works — yam @ January 23, 2010 11:26 pm

ishi

奇人呼ばわりするにはあまりに有名な「世界の頭脳」を、このシリーズに取り上げるのはちょっと気が引けます。

人とコンピュータの関わりを、ディスプレイから実世界に引きずり出す革新的な技術思想 “Tangible Bits” を生み出し、世界中のインターフェースデザインに大きな影響を与えたMITメディア・ラボ副所長の石井裕さん

彼の早口は有名ですが、実際に会って話すと、壮大な論旨の中に多彩な視点を折り込み、事例や引用は先端技術から政治、古典文学に及び、「めくるめく」という言葉がぴったりのストーリーが展開されます。しかも最先端の技術コンセプトや哲学を、普段から英語で考えている方なので、興に乗ってくると90%が英語。

「ところで」と言う代わりに”By the way”とおっしゃるようになったら、後はもう「ルー語」状態です。一応日本語の形式だけは守ってくれるのですが、日本語と言える部分はほとんど「てにをは」だけ。しかも「ルー語」と違って難解な英単語のオンパレード。ある時、思わず「英語の勉強になります」と感想を言ったら、即座に「英語だけですか」と言ってしかられました。

その口調だけでなく、石井さんは私たちとは住んでいる時間が違うのではないかと思うぐらい、何をするのもハイテンポです。NHKの「プロフェッショナル・仕事の流儀」でも紹介されたように、実際いつも走っています。その番組を見た数日後にお会いした時も、ちゃんと走って現れてくれてうれしくなりました。

そんな石井さんの来日にあわせて、先週は食事会をセッティングしました。参加してくれたのは、コンセプターの坂井直樹さん、ロボット博士の古田貴之さん、慶應大学で私と同僚の脇田怜さん。案の定、ハイテンションぶりで奇人に属する古田さんと、話題豊富な坂井さんと三つどもえで、7時にスタートして気がついたら12時。怒濤の5時間でした。

最後の方で石井さんが、十歳下の古田さんに贈った言葉が印象的でした。

「あなたのような立場の人が、理想に酔った宗教者のように、一週間も寝ない事に象徴されるような自己犠牲を良しとする発言をするべきではない。宗教家古田貴之とリアリスト古田との落差を埋めるために、ドーピングを重ねたような状態で無理に走り続けていくと、いつか必ずこわれます。実績を持つあなたがそうなったら、多くの人を巻き込んでしまう。あなたには古田貴之を信奉する若者がたくさんいる。そうした人たちを育てて欲しいし、百年後を変えるような仕事をして欲しいから、どうか体を大切にしてください」

さすがの古田さんも「心に響きました」と神妙に。いつも走っている石井さんが無理に走るなと諭す、その心優しい言葉に私も感動してしまいました。

旅客機の全長と便器のサイズ

off, sketches, works — yam @ January 16, 2010 3:08 pm

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計量感覚の話は、随分反響をいただきました。寸法を目で測れるようになる事ばかりでなく、Gurigurimomongaさんのコメントに上げていただいたフェルミ推定のように、手持ちの条件から大雑把に数量を推定することも、デザイナーに必要な能力の一つです。

先日の上海帰りに、私の乗る飛行機が大阪周辺にさしかかったとき、右方向に平行して飛ぶ旅客機を見ました。どんどん近づいてきて不安になったので、距離を推定する方法を考えてみました。

見えている機影はB777で、その全長はわかっているので、これを基準にして見かけ上の大きさと比較してみることにしました。窓に指を当てて計ってみると、窓の位置では全長が2センチぐらいに見えています。飛行機の実際のサイズはおよそこの3500倍。視野角が同じなら距離とサイズは比例するので、窓と自分の顔の距離を3500倍して約3kmと推定しました。

この推定は、かなり乱暴なものです。見かけの大きさの測定が5ミリ違うだけでも数百メートルの差になるので、簡単に数十パーセントの誤差を生むでしょう。それでも10kmでも500mでもなく、おそらく2〜4kmということが分かれば、かなり気が楽になります。

実際、ものづくりの現場では見当違いの数字を出さない事が重要な場面も多いので、こんな精度でも結構有用なのです。重要なのは、推定の手がかりとして、寸法のわかっている基準器を見つける事です。

powaroさんのコメントに、学生が極端に小さな家具を平気で描いてくるという話がありました。

引っ越しマニアというか、不動産マニアの妻は、いつもチラシの間取り図からかなり正確に広さの印象をつかんでいるので、こつを聞くと、トイレの便器を基準にしているとのこと。

キッチンシンクやドアのサイズなども、小さい家に合わせて小さくできるので、あてにならないのですが、人にフィットする便座だけは、ほとんどサイズが変わらない。それをもとに家のサイズを想像するそうです。

間取り図は便器を見るべし。

(スケッチは、人と技術のスケッチブック「航空機を作る」太平社刊より)

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