ダイオウイカの巨大な目
世界で初めて、深海のダイオウイカが撮影されて話題になりました。多くの人が驚愕したのがそのぎょろりとした目。ある意味人間のようでもあったのですが、一方で、どこかこちらを認識しているようには思えない違和感もありました。
学術的にも、ダイオウイカの目は大きな謎だそうです。バスケットボールほどにもなると言われているその巨大な目は、画素数も多く、色彩に対しても敏感に反応することが知られています。だからこそ疑問がわくのです。こんなに高性能な目を持っていても、そもそもその情報を処理する脳が貧弱過ぎるじゃないかと。
地上には太陽の光があふれていて様々なものが色彩豊かにその光を反射するので、高解像度の目を持つことはそのまま情報量が多いことを意味します。それを解釈する脳が優れていれば、見えているものが食物であるか敵であるか、周囲の環境がどう変わるかなど、私たちの生存に関わる重要な情報が刻々と得られます。しかし暗い深海に住むダイオウイカは、その大きな目で何を得ているのでしょう。あまりに謎なので、神が設置した監視カメラじゃないかなどという有名なジョークもあるとか。
最近の研究によるとヒントは深海生物の発光にあるようです。ダイオウイカが生息する水深600mから1000mの世界にはほとんど太陽の光は届きませんが、その代わりに大半の生物が、体内に化学物質によって光る発光細胞を持っています。深海生物同士の通信や誘因に使われているこの光はとても弱いものなのですが、ダイオウイカの目は、かなりの距離からでもこれをとらえます。星々のかすかな光をとらえる天体望遠鏡が巨大なレンズで光量を確保しているのと同じです。
深海でダイオウイカの視野に何が映っているかを想像してみましょう。周囲には小さな藻やプランクトンが光の点として飛び交っています。ときどき、流れるように、あるいは回転するように明滅する光の集団が見えます。それは大きな生物の光です。その光の色やパターンから食べ物を見分け、その正確な方向を知り、そちらに移動することができれば獲物に到達できるでしょう。ダイオウイカが特定の光のパターンに恐ろしい速度で襲いかかってくる映像は、番組でも紹介されていました。さらに、スエーデンの生物学者、ダン・エリック・ニルソンは、ダイオウイカの目が120m先の微かな光も見分けることから、周囲の光るプランクトンの動きによって唯一の天敵であるマッコウクジラが水をかき分けて近づいてくるのを知るのではないかという説を唱えています。
このように考えると、どうやら、高解像度高感度の目は図像を認識するのに役に立つはず、という私たちの常識は通用しません。180°反対側に配置された左右のダイオウイカの目は、全方位を同時に見るレーダーに近いものなのではないでしょうか。広大な暗闇の空間の中で、様々な深海生物が放つ微かな光点の位置を3次元的にとらえて反応するための巨大なドームスクリーンだと考えると、視線の奥に見える深い闇の異質さも理解できそうな気がします。