佐藤卓さんの「おいしい牛乳」

Technology and Design — yam @ 11月 30, 2010 1:03 am

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「『おいしい牛乳』のパッケージは完璧なデザインである。清潔感と俗っぽさのバランスといい、売り場での存在感といい、これほど完璧なデザインは滅多にないと心から思う。しかし私にとっては最低のデザインでもある。なぜなら、私はここから何のインスピレーションも得ることができないのだ。」

この「おいしい牛乳」のパッケージ・デザイン評を私は、公開のトークショーの場で、佐藤卓さんに直接言ってしまいました。尊敬を込めての発言なのですが、発言してから「最低」はいい過ぎだったかもとちょっと後悔しました。しかし、卓さんは大笑いしながら答えてくれました。

「いやいや最高の褒め言葉じゃないですか、うれしいですねぇ。」

もちろん褒め言葉でした。店頭に並んだ時のリズム、明解な色調、ネーミングの新鮮さとロゴの堂々とした感じ。清潔感と端正さがありながら、適度に大衆的。そのうえ、商品パッケージとして必要な情報を全部詰め込んで、なお煩雑さを感じさせません。あらゆるディティールに理由があるその周到さには感動を憶えます。

しかし、一方でプロフェッショナル過ぎるとも感じます。その手際の良さは、イチロー選手のタイムリーヒットみたいなもので、完璧にねらい通りの場所に落としていて、それ以上でも以下でもない。うっかりすると場外ホームランになってしまう打球でもなく、ましてや豪快な空振りのようなわくわく感はどこにもありません。

あくまでも商品のデザインであり、アーティストとしてこれを見たときには、ここからインスパイアされて何か新しいものを見つけることは難しいでしょう。その意味で「最低」という言葉を使いました。よく言ったものだと思いますが、卓さんには、ちゃんとその真意が伝わったようでほっとしています。

今でもコンビニに牛乳を買いに行くと、ついついこれを買ってしまいます。ただ先頃、Meijiのロゴが変わってしまったことで、その完璧さが少し崩れてしまったのが、実に惜しい。

(画像は佐藤卓デザイン事務所のウェブから)

あらためてSuicaの話でもしようか その2

Daily Science,Technology and Design,Works — yam @ 11月 25, 2010 7:52 pm

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前回に続いて、SUICA改札機の裏話的開発ストーリーです。

実験は田町の臨時改札口で行うことになりました。二日間の実験でしたが、準備には2ヶ月以上を費やしました。実験なんだから、うまくいかなければやり直せば良いと思うかもしれませんが、実際には、ある程度以上の規模の実験はコストも手間もかかるので、ワンチャンスになることも少なくありません。そう思って、周到に準備することは重要です。

被験者となってくれる人たちに、何時間もつき合わせることはできないので、ひとりづつ約束をとりつけ時間と人数を調整する必要もあるし、記録装置のセッティング、分単位のタイムテーブル、人員の配置とその人たちに配布するマニュアル、その場で実験内容を変更できる実験機の設計と準備など、意外に複雑で大きなイベントになります。

実験では驚くような光景がたくさん見られました。今では考えられないことですが、カードを縦に当てる人、アンテナの上で激しく振る人、有人の改札機のようにカードを機械に見せて通ろうとする人、ともかく光っている所にかざす人…。

いろいろな形のアンテナを試してみると、解決策は意外にシンプルな所にありました。「手前に少し傾いている光るアンテナ面」、それだけで多くの人がちゃんと当ててくれることがわかったのです。その他「ふれてください」という文字による案内が有効であることや、警告表示がおかれるべき位置などもわかってきました。それらの結果をふまえて作られた改良型による1999年の実験では、読み取り率は劇的に向上し、5割近かったエラー率が、1%以下に下がりました。これによって経営陣のGOがかかり、SUICAは2001年から導入されます。

実験のデータや設計条件から私が決めたアンテナ面の傾斜は13.5度でした。現在、全国に広がりつつあるICカード改札機は、ほとんどがこの角度。実験後に意匠権を取得し、全国の改札機が同じ形で使い心地が変わらないことの重要性を訴えたことも幸いしたのか、今や数千万人が同じ角度の改札機を使用しています。

この実験が実効性のある結果が得られたのは本当に幸運だったと思います。もともと勝算があったわけでもなく、原型はデザインしたものの最終的な改札機の外観は各メーカーにゆだねられているので、私にとっても、自分の作品として広報するような仕事ではないと思っていました。しかし2004年に、友人の平野敬子さんの尽力によりJR 東日本の協力を得て、この開発経緯を紹介する展覧会が開かれてから状況が一変し、今ではそれが私の代表作のように言われるのですから、不思議なものです。

(写真は、上が1996年の実験に使われた試作機、下は1997年にデザインされ、現在のものの原型となったプロトタイプ)

あらためてSuicaの話でもしようか その1

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Suicaの開発プロセスについて触れておきたいと思います。すでにいろいろなところでしゃべったり書いたりしたことなので、ここでは裏話的に。

ことの発端は、1995年にJR東日本の非接触自動改札機(まだSuicaという名前はなかった)の開発担当者が、私のところに相談に来た所から始まります。ICカードを使う改札機については、すでに10年以上研究されており、技術的にはほぼ現在と同じレベルに近付きつつありました。

しかし、実際に試作してテストしてみると、ちゃんと通れない人が半数近くに登りました。特に実験に参加した重役達の評判は悪く、「私のは5回に一回しか通してくれない。2割バッターだ」などと、開発部長が会議の席で罵倒される場面もあったりして、開発中止直前に追い込まれていたそうです。

原因はある程度分かっていました。お財布ケータイやセキュリティカードに慣れた現代の皆さんなら、カードを当てる場所はすぐにわかるでしょうし、当ててから、機械が反応するまでにほんの少し「間」があることも知っています。でも当時の人はそんな機械は見たこともなかったので、当てる場所さえ見当がつかず、ちょっとカードを止めるコツなど誰も知らなかった。

「うまくアンテナ面に当ててくれるように、そして、一瞬止めてくれるようにデザインできませんか」私には、できるともできないとも言えませんでした。一般的に新しい原理の機械の使い勝手に対しては、デザイナーの直感が全く無力である事をよく知っていたからです。

ただ、アメリカから帰って来たばかりの認知科学を専門とする友人が言った言葉を思い出しました。「たくさんの被験者を使う必要はない、実験機を作って丁寧に観察すれば数人の被験者でも、使い勝手の大半は解決できる」まだヤコブ・ニールセンが名著ユーザビリティ・エンジニアリングを書いたばかりで、日本ではユーザービリティという言葉もあまり知られていない時代でした。

私は、聞いた知識をかき集めて、「実験提案書」を作りました。もちろん自分でやるつもりはありません。なにしろ、やったことがないのですから。しかし、その提案書は案外に評判が良く、是非その実験をやってくれということになったのです。

「面倒なことになった」。そう思いながら引き受けたのは翌年のことでした。

その2へ続きます。

ドリームチームが作ったMUJIアプリ”NOTEBOOK”

Technology and Design — yam @ 11月 18, 2010 3:57 am

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MUJIブランドから、iPad向けのアプリNOTEBOOKが発売になりました。無印良品のソフトウェア、しかもApple向けというだけでも十分ニュースなのですが、私にとってはさらにうれしい事件でした。この開発チームが知った顔ばかりなのです。

開発主体となった、Takram Design Engineering の創設者、田川欣哉@_tagawa君は、学生の頃から私のオフィスで働いれくれた元スタッフです。特に2001年以降の数年間は、私のオフィス兼自宅に住み込んで文字通り24時間片腕となってくれました。

その彼が、サン・マイクロシステムズからGoogleを経てtakramにやって来た川原英也@hideyaさんとともに、このプロジェクトのために集めた面々は、以下の通り。

CyclopsやTagtypeキーボードを私と一緒に製作したソフトウェアエンジニアの本間淳@2SC1815J 君 。On the flyやAnother Shadowの製作者であり、今も私の右腕として働いてくれるインターフェースデザイナーの緒方壽人@ogatahisato 君。他国言語システムに精通する岩井貴史@tawashi5454_ 君(takram)はSFC出身で、私のスタッフの檜垣万里子@mrkhgkさんの夫。Ephyraチームにも参加し、SFCから東大大学院を卒業した牛込陽介@ushi_ 君や、SFCを卒業したばかりの姉崎祐樹@yanezaki君も参加しました。(@以下はtwitterアカウントです。)

実際に、この “NOTEBOOK” を使ってみて感心するのは、その軽やかさとシンプルさです。それを実現するための、機能のそぎ落としぶりが見事。たった3つしかないツールはどれもサクサク快適で、文字と絵が混じり合うメモを気軽に作ることができます。グラフィックの変化もなめらかで美しく、手描き入力も快適…。

褒め殺しになると行けないのでこの辺で。ともかく教え子達が、いい仕事をするようになった事を心から喜びたいと思います。

総合ディレクターの原研哉さん、教え子達の仕事ぶりはいかがでしたか。

(図は、スポーツ・アンド・バイオメカニクス2010における私のメモ)

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