気がついたら「豪華すぎるトークショー」になっていた件

Exhibition,SFC,Technology and Design — yam @ November 21, 2011 2:21 am

11月23日にこんなトークショーがあります。

出演者は、あいうえお順で

不思議な金属生物のような楽器を使って、世界のあちこちで前衛的なパフォーマンスを行い、大ヒットしたオタマトーンなどの不思議な製品を作り続ける明和電機社長の土佐信道さん

ユニクロやAUなどのクールなウェブをデザインし、インフォバー2の操作画面をデザインし、「デザインあ」などの番組も手がけるインターフェースデザイナーの中村勇吾さん

JAXAで様々な衛星の開発に携わる一方で、フィクションの技術考証によりコアなSFファンの間でも「野田司令」の愛称で知られる宇宙機エンジニアの野田篤司さん

「日蝕」により23歳という若さで芥川賞を受賞し、その後も「葬送」「決壊」「ドーン」など幅広い小説を書き続け、コミックモーニングでも「空白を満たしなさい」を連載中の小説家、平野啓一郎さん

とても忙しい方々なので、出演を依頼したときには、きっとお一人ぐらいは予定が合わないだろうと覚悟していたのですが、皆さん参加してくれることになって、1時間半ではとても皆さんの魅力を引き出せないような豪華すぎるトークショーになりました。

トークショーのタイトルは「未知の領域へ広がるデザイン」。実は4方ともデザインについては深く語り合ったことのある人たちで、「デザイン」という言葉をとても大切にしてくれています。

一方、どの方も普通の意味の「デザイナー」ではありません。

土佐さんは、過去にもサバオやノックマン、ジホッチ何ど様々な製品を開発していますが、そのデザインは決してグッドデザインには収まらず、デザインとアートの垣根をガラガラ壊してくれる人。

肩書きにデザイナーとあるのは中村さんだけですが、ご存知のように中村さんは、プログラムベースのとても深い所で人と情報の出会いを設計し、従来の「デザイン」の枠には全く収まらない人です。

野田さんは、宇宙機エンジニアでありながら、スペースシャトルを形ばかりの失敗作としてばっさりと切り捨てる一方、宇宙機は美しくなくてはならないと主張し、とても魅力的な絵も描く多才な人。

平野さんは、小説「かたちだけの愛」ではプロダクトデザイナーの生態を見事に書き表し、ご自身の小説の構造や読みやすさについても「小説のデザイン」という言葉で明確に語ってくれます。

そんな4人と、「デザインの枠に収まらないデザイン」について語り合ってみたいと思います。短い時間の中ですが、皆さん個性的かつ知性あふれる方々なので、興味深いお話になることまちがいなし。お時間のある方は是非お立ち寄りください。

上の絵は4人のツイッターアイコンを、アプリ風にアレンジしてみたものです。

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慶応義塾大学SFC  Open Research Forum 2011 プレミアム・セッション

「未知の領域へ広がるデザイン」

場所:東京ミッドタウン 4F カンファレンスルーム9
日時:11月23日(水・祝)12:00~13:30
入場無料 事前登録不要

ミッドタウンホールでは研究室の研究成果を展示しています。そちらも合わせてご覧ください。

http://orf.sfc.keio.ac.jp/

初めてのルーブル

Exhibition,Technology and Design — yam @ September 22, 2011 6:24 am

ルーブル美術館という世界で最も有名な美術館に、初めて行ってきました。何度かパリには来ているのですが、「丸3日はかかる」とか「人類の至宝」とか、そんな重たい言葉に気後れして、何となく見送ってきたのです。今回、仕事でパリにひと月滞在する機会ができたので、ふらりと行ってみました。

で、一番感動したのは、いまさらですが、写真の「サモトラケのニケ」。撮影が許可されている美術館での楽しみのひとつは、彫刻の写真を撮る事です。絵画は、自分で撮るより遥かに再現性の高い写真が出回っているので、あらためて自分で撮る意味を感じないのですが、彫刻は自分で動き回って、自分が一番快感を感じるアングルを記録する事ができます。ニケはどこから撮影しても絵になるのですが、私の萌えアングルは後ろ姿でした。

この彫像がなんでこんなにかっこいいのかと言えば、それはもう、首やら手やらをもぎ取ってくれた偶然のすばらしさにつきます。人の体に翼をつけた像は世の中にたくさんありますし、完全なままなら、かえってこれに勝る彫刻はあるのかもしれません。でもこの彫像は、前傾した胴体と、風になびいてまとわりつく布と、翼だけが残りました。その結果生まれた、あり得ないほどの緊張感とスピード感。

なんて今更、たかがデザイナーが力説するのも滑稽な気もしますが、もう少し続けます。

実は私にとって、移動体の後ろ姿はいつも萌えポイントです。飛行機でも乗用車でも、斜め後ろから見たときが、最も移動体らしくなるように思えるのです。ニケは、頭と腕を失う事で、人に羽根を付加したキメラではなくなり、移動体としての純粋さを得たのではないでしょうか。空を飛ぶのに腕は要りませんからね。

詩人マリネッティは、未来派宣言で「咆哮する自動車はサモトラケのニケよりも美しい」とか書いたらしいですが、よく言ったものだと思いました。自動車もデザインした事がある身としては、あんなかっこいいものは、ちょっとやそっとじゃ超えられないと思うぞ、と突っ込みたくなります。

ついでに言うと「モナリザ」も良かったです。今まで見たダ・ヴィンチの作品では、どちらかと言えば素描の方が好きだったのであまり期待していなかったのですが、なんか光ってました。あんなに胸と手元を照らす光が強烈な絵だったなんて…。

やっぱり絵画も彫刻も実物じゃないとわからないものです。でも若いときにこの体験をしておきたかったとは、特に思いませんでした。むしろ色々経験を積んでから、名だたる傑作に会うのも悪くないと。だから若いアーティストやデザイナーにルーブル詣でを勧める事は、これからもしない事にします。有名なものばかり先に見てしまったら、後がつまらないじゃないですか。

スーパー竹とんぼ

Daily Science,Exhibition — yam @ June 9, 2011 10:58 am

その日の私は、美術館資料室で出会った数百のとんぼの、あまりの美しさに圧倒されていました。作者が愛飲していたという、ニッカピュアモルトの瓶に数本ずつ刺さっているそれは、ひとつ一つが形の違う手作りの「竹とんぼ」。

小型機のプロペラを思わせる翼は、中心に近い部分のねじれが大きくなっています。速度が大きい先端にいくほどにねじれを小さくするのは、航空機のプロペラの常道であり、それだけでもこの竹とんぼがエアロダイナミクスをはっきり意識したものであることが分かります。先端には、慣性モーメントを大きくするための重りとして金属のプレートが張られていました。こうすることで、勢いを失わず、滞空時間を長くすることができるのでしょう。記された数字はどうやらそれぞれの部品の重量のようです。

製作者は工業デザイナーの大先輩、秋岡芳夫さん(1920-1997)。彼は晩年に「スーパー竹とんぼ」と自ら命名した竹とんぼを数千機、製作しました。彼が創作したこの「スーパー竹とんぼ」は、いまでは競技用竹とんぼとして広く親しまれています。

目黒区美術館では、この秋に秋岡芳夫さんの大きな展覧会を企画しているそうです。この竹とんぼばかりでなく、若い頃にデザインしたというラジオやバイク、学研の「科学」の付録教材、2万点におよぶという道具のコレクションとその写真などの、膨大な遺品を見せてもらいました。

最も印象的だったのは、彼が二人の友人と始めた日本で最初の工業デザイン事務所のアトリエの写真でした。モノを作る喜びにあふれた空間で秋岡氏が、仲間達と本当に楽しそうに写真を撮り合った様子が伝わって来ます。この資料室に突然に呼ばれた私は、展示アドバイスを求められたのも忘れてただひとつ一つを眺め、いつの間にか涙ぐんでいました。最後まで自らの手で作り続けた秋岡さんは、こんな歌を残しているそうです。

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我ら竹とんぼ奇(貴)族。

ぼくは竹とんぼ作って楽しんでいる。まさかこんなに続くとは思わなかった。

こうすればこうなる。この技術はここで使えばよい。

これで作ればこんな形になる等々わかるまでが楽しいのだ。

わかってしまった後、それを作ることは、ある意味で苦痛になる。

なぜならば、それ以降は創造ではなく、おおげさに言えば工業製品を作るのと変わらない。

作りながら考え、考えながらつくる、この楽しみは他のものには変え難い。

竹とんぼをいまだに作り続けているのは、まだ行きつく先が見えないからだと思う。

井上雄彦氏による親鸞

Exhibition — yam @ April 18, 2011 7:16 pm

井上雄彦さんが「親鸞」の屏風絵を描いたと聞いて、いてもたってもられず京都に行って来ました。

平日の朝一番は人も少なく、ゆっくりと見られました。七百年の歴史を持つ東本願寺の大空間に、百年前の日本画の大家竹内栖鳳の絵と並んで、井上さんの親鸞が違和感なく存在していました。この空間体験そのものに、まずぞくぞくします。

井上さんの屏風は6枚綴りのものが2枚でセット(六曲一双と言うそうです)になっており、右側には、衆生を率いて泥の川を渡る親鸞が描かれています。歩いている老若男女それぞれに、膨大なキャラクターを物語として描いて来た漫画家ならではの存在感がありました。ひとり一人の生活、生い立ちが伝わってくる、まさに「キャラの立った」モブシーンです。

これに対して左側には、静かに花鳥と戯れる親鸞さんが描かれていました。白い余白をたっぷりと取って、一気呵成に描かれた枝、鳥,蝶は、宮本武蔵の絵を思わずにはいられない。中央にふわりと座る親鸞さんの柔らかい表情、繊細に描かれた手指の形になんとも穏やかな幸福感がただよいます。

遠くからながめると、左右の静と動のコントラストが素晴らしく、広大な宗教空間の中に一つの物語を作っています。屏風絵全体を通して「手」の表情も重要なテーマのように感じました。親鸞さんの手だけでなく、それぞれの人の手が深い表情を持っており、手の形から思いが伝わって来ます。

技法的には、井上さんがバガボンドで試みてきた水墨の手法が主体で、木の枝や鳥の翼、渦巻く泥水、衣のシワなどの表情が、墨のにじみやかすれに置き換えられて、禅画のような即興性のある仕上がりになっています。一方で人の顔や手の解剖学的な立体感は、ルネサンス以降の西洋絵画のものであり、老人の深い陰影なども写楽や北斎よりもダビンチに近いように感じました。そしてなにより、どのキャラクターにも、当代一のスポーツ漫画家らしい今にも動き出しそうな動感にあふれています。

今はまだ真っ白な和紙ですが、いずれ竹内氏の絵のように、深い赤みを帯びてくるのでしょうか。多くの人が、売れっ子漫画家が、京都の宗教本山に招かれて屏風絵を書いた事そのものに深い意味を感じるでしょう。私も歴史的な意味を考えずにはいられませんが、井上さんご自身、大きなプレッシャーの中で相当苦しまれたようです。その葛藤は「屏風日記」なるものに綴られています。別室で公開されていたメイキングビデオの中の次の言葉が心に残りました。

「夜中ただひとりでいた時、絵の好きだった少年がこうやって屏風に向かっている事がものすごくうれしくなって来て、あ、今だ、今なら描けると思った。」

その瞬間に、ずっと空白になっていた親鸞の顔に筆を入れたそうです。様々な「意義」や「意味」あるいは「おもわく」を乗り越えて、ただひとりの絵師としての喜びが原点である事を、心から祝福したいと思います。

絵は3月10日に完成したそうです。

(写真は、井上さんの漫画以外の活動をサポートしている(株)FLOWERさんのページから転載)

ゾンビが不気味なのは、ゾンビが少数派の間だけ

Exhibition,Genius,Technology and Design — yam @ October 7, 2010 3:41 pm

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先日、ジェミノイド(別名コピーロボット)の開発で有名な大阪大学の石黒浩教授とトークショーを行いました。

石黒さんは、メディアのどの写真を見ても黒い服で写っています。「いつも黒を着ていらっしゃるので、私は白にしました」とご挨拶をした所、「服装は他人が最も認識しやすいアイデンティティじゃないですか。それを変えようとする理由がわからん。」といきなりがつん。

“これも私と認めざるをえない”展の一角に設けられた特設会場は大盛況でした。以下に印象に残った石黒さんの言葉を拾ってみます。

  • 人間は自分の事を他人ほど知らないんですよ。
  • 我々と自分の体とのつながりなんて、わずかなものです。呼吸したり歩いたりしていても、体が勝手にやってくれているのを時々確認してるだけじゃないですか。そんなもの機械に置き換えられるに決まってます。
  • 私はロボットを操っていると思ってる。でも思ってるだけで、私も何かに操られてるかもしれない。私を動かしているものは結局環境からのインプットだから。
  • けしからん事に誰もジェミノイドを送り込んだ会議に出張費を払ってくれない。生身の私が来ないとダメだというけど、今まで私に脳があるか、内蔵があるかなんて確かめた事ないじゃないか。
  • 不気味ですよね。でもあなたがこれを人だと認めているから不気味なんですよ。
  • ロボットが人間そっくりになる前に、人間の定義が変わってしまうんじゃないでしょうか。ゾンビを不気味だと思うのはゾンビが少数派の間だけで、みんながゾンビならそれが人間ということになります。
  • ジェミノイドは、人よりも人間らしく死にます。
  • ロボットの表情が本物ほど豊かじゃないというのは間違いです。お金と時間さえあれば、人より遥かに表情豊かなロボットを作ってみせます。
  • コンピュータは信号をクリアにしようとするから莫大な電力を必要とする。脳はノイズをノイズのままで有効に利用するから,あんなに効率がいい。
  • 科学者には「倫理」はないです。科学の成果はいつも二つの面がある。原子力は人を殺すし,電気も作る。それをどう使うかは社会に依存していて、全く新しい技術がどう使われるかなんて事が分かるはずがない。それを予想して一々歯止めをかけたら何も進まなくなる。倫理などと口にする科学者は本物じゃないと思います。

トークショーの間、私はメモを取ることができなかったので、上の語録には記憶違いがあるかもしれません。参加した方のコメントによる指摘歓迎です。

ロボット工学には「不気味の谷」という有名な言葉があります。人型のロボットは、人に似れば似るほど不気味になってきて、人と区別がつかなくなる直前には深い谷があるというものです。石黒さんは「人が人と認める要素」を確かめながら、正面から「不気味の谷」を渡ろうとしています。「もう一番深い所は超えました」とおっしゃる石黒さんの力強さが印象に残った対談でした。

写真はATRのGeminoidサイトから。

奇人天才シリーズその6:吉岡徳仁さん

Exhibition,Genius,Works — yam @ September 26, 2010 2:40 pm

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吉岡徳仁さんとの出会いは、2001年の日本科学未来館のオープニングイベント、「ロボット・ミーム」展の会場構成を依頼したことでした。

きっかけはその前年のISSEY MIYAKE Making Things展でした。30代前半だった吉岡さんの展示には、手垢にまみれた「スタイリッシュ」への断固たる決別があり、それに深く感銘を受けたのを憶えています。

「ロボット・ミーム」展は、ロボットと人々の新しい交わりを提示する事を目的とした、藤幡正樹氏と松井龍哉氏と私の3人展でした。私は二人を説得し、吉岡氏の事務所に直接電話で会場デザインを依頼しました。

電話から二月後に彼が提示したアイデアは、マネキン人形を型にして人型レリーフのポリカーボネートパネル700枚を使って、会場に巨大な迷路を作るというものでした。

吉岡さんはとてもシャイな人で、多くを語りません。提案の時も、スタッフの女性が説明し、ご本人はただ穏やかに立っています。しかし、モデルや試作品を眺める吉岡さんの視線からは、彼が自らの案を心から愛しているのだということが伝わってきました。提案は、コストを押さえつつも巨大な空間を巧みに利用して、私たちのビジョンをより大きく開花させた見事なものでした。

おだやかな吉岡さんには、タイトルの「奇人」の印象はありませんが、その後、具体的な打ち合せに入って、やはり一筋縄では行かない面も見せてくれます。

あるとき私の作品であるCyclops(写真)の照明の事で、彼の意見と衝突しました。その時は「わかりました」と引き下がってくれたのですが、後日、施工図面を見ると私の要求が反映されていない事に気がつきました。多分ミスなのだろうと思って電話すると「いや、そのライトはいらないと思います」というはっきりとした拒否。そこでその必要性をさんざん訴え、了解されたと思って電話を切ります。2週間後の最終の施工図をみるとやはりない。

少し頭に来て会いに行くと、にこにこしながら「やっぱり照明いらないと思います」と悪びれもせず繰り返すのです。彼の頑固な一面を見せつけられて、私は提案しました。「現場で決めましょう、照明を取り付けられる穴はあけておいて下さい。」

「ロボット・ミーム」展は2001年12月から2002年2月まで開催されました。展覧会の初日にCyclopsの前にじっと立っている吉岡さんを見つけて、私は労をねぎらう言葉をかけました。吉岡さんはただ笑みで答えて一言。

「この場所が一番好きです。」

くだんの照明は私の要求通りに設置されていました。だから言ったじゃないかと喉まで出かかっていた言葉は、彼の幸福そうな横顔にかき消されてしまいました。

その後の吉岡さんの活躍は言うまでもないでしょう。マテリアルボーイと呼ばれる天才の、文明が生み出す物質への深い洞察は、世界の人々を魅了し続けます。吉岡さんの展示を施工した人達に会うと、口を揃えて「いやあ大変でした」と言います。その度に、吉岡さんの穏やかな、しかし決して妥協しない笑顔が思い出されます。

紙の耳

Exhibition — yam @ September 9, 2010 1:15 pm

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紙は、水に溶いた植物繊維を目の細かい網で薄く膜状にすくいあげて作ります。紙を「すく」と言い、手でやる場合には漉く、機械でやる場合には抄くという漢字を当てます。

製紙工場に行くと、連続抄紙機と呼ばれる機械の巨大な網のローラーが、水に溶けたパルプから幅1.5メートルくらいの紙を絶え間なく抄き続けます。そうやってできた紙は乾かしたりプレスされたりして、私たちがよく知る風合いと強さの紙になって行きます。生産ラインを順に追って行くと最後の方に上の写真のような、細い紙の帯が吐き出されて、うずたかく積み上げられて行く光景に出会います。

この大量の紙テープは「紙の耳」です。水から連続抄紙機によって作られる紙は、網の上に繊維を乗せて乾かしたままなので、ふちがギザギザになっています。そのふちを切り取った物がこれ。

サンドイッチ用にパンの耳を切り落とすのと同じで、紙の幅をきれいにそろえるためにギザギザを切り落としているのです。ファインペーパーと呼ばれる特殊紙も同じプロセスで作られるので、レザックやラシャ、マーメイドなどのカラフルで楽しい風合いの紙テープが余り物として排出されることになります。

通常、この大量の紙テープはすぐに溶かされ、紙の材料に戻されるのですが、今回「銀座目利き百貨街」のために特別に少し分けてもらいました。のりもついていない紙テープなので、何の役に立つのか分かりませんが、ロールに巻いて売ってみます。

このテープの特徴は片側が「抄いた」ままのギザギザになっている事。紙の風合いを楽しみ、紙を作るプロセスに想いを馳せて頂ければ幸いです。

※今朝の報告では良く売れているらしいので、既に売り切れの場合はご容赦下さい。

いらっしゃいませ、「はんぱ屋」です。

Exhibition — yam @ September 8, 2010 12:16 pm

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鉄砲伝来と宇宙基地で知られる種子島には、千年の伝統を誇る「種子鋏」を打つ鍛冶職人たちがいます。数年前にその作業場を見学させてもらったときのこと、私は、ふとある物体の美しさに目を奪われて、作業中の親方に声をかけました。

「あの・・・その足もとに置かれたものを譲ってくれませんか。」

初老の親方の足下には、柔らかい鉄(柄や背の部分)と固い鋼(刃の部分)を叩き合わせたばかりの鋏の原型が並べられていました。それは長い棒のついたナイフのような物体で、この後に長い柄をくるりと丸めて二つ合わせるとあの鋏の形になります。

変なことを言い出す人がいるもんだと苦笑いしながら、親方はそれを手渡してくれました。まだ暖かいその物体には、仕上げられた繊細な種子鋏にはない、親方の息づかいがありました。荒々しい質感と素朴で実直な形には、これから鋏になるという意思が込められているようにも見えました。

ものづくりの現場が大好きな私は、製作途中の物にしばしば魅せられます。職人の作業場や工場に、刹那的に現れる不思議な物体たち。本来の機能はまだ持っていないのですが、そこには、作り手の苦心の痕跡があり、製造技術の知恵と工夫があらわになります。

明日から開催される銀座目利き百貨街のために、いろいろな現場からそうした半製品、「はんぱもの」を集めてみました。

千年の伝統「種子鋏」の「アラヅクリまで」
特殊紙の製紙工場から集めてきた「紙の耳」
革職人の作業場から「底のない靴」と「バッグの底」
出版社から本のプロトタイプ「束見本」
三百年の伝統を誇るからくり人形の「歯車とガンギ」
などなど

未完成品ばかり扱う「はんぱ屋」。ロゴデザインは佐藤卓さんです。

なお、九代目玉屋庄兵衛氏からは、2005年に大英博物館に寄贈されたものと同じ「茶運び人形」の部品一式を出品いただきました。玉屋さん以外の人が組み立てることは不可能だそうですが、ご希望の方がいらっしゃれば、一体分のみお売り致します。

風のとおり道

Exhibition,Technology and Design — yam @ July 28, 2010 4:20 pm

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ダイソンの羽根のない扇風機は、ちょっと目には魔法のように見えます。リングの内面の細い隙間から、高速の空気を吐き出し、それが後方や周囲の空気を引きずって大きな風になって前に流れて行く。ばらしてみると高速空気の元となる小さなファンが根元にあって、上のリングに空気を送り込んでいます。

ある雑誌社の方が、リングが空洞なのを知って、何かちょっとがっかりとおっしゃっていました。しかし、むしろ何も入っていないというシンプルさにこの原理の素晴らしさがあります。原理的にはこのリングは円である必要はありません。角の丸い四角でもひょうたん型でも、あるいは花の形でも機能するでしょう。また、リングがとても軽く、安全であることも合わせると、レイアウトと形に大きな自由度を持つ送風原理だと言えるでしょう。

ダイソンさんとは以前からご縁があって、ダイソンのデザイン理念を伝える展覧会の私がディレクターとなりました。会期中に予定されているトークショーイベントと会わせてお知らせします。

どうやら、現時点でダイソンのエアマルチプライアーの新型「首長丸」と「縦長丸」(勝手に名けました、笑)の実物を見られるのは、この展覧会場だけらしいですね。開発中に作られたプロトタイプや開発過程のビデオなども展示されていますので、銀座でお買い物の際には是非お立ち寄り下さい。

第667回デザインギャラリー1953企画展

「風のとおり道 ― エアマルチプライアーにおけるダイソンの新たな挑戦」

ダイソン社は、常に全く新しいものを商品化する。あたりまえの事のようだが、実はこれができる企業はめったにない。なぜなら資本主義は、たくさんの企業が互いに微妙な差異でマーケットを奪い合う事を是としており、そのような孤高な使命を必ずしも企業に要求していないからだ。だからこそ、彼らの作る物は常に圧倒的である。

会期:2010年7月21日(水)〜8月16日(月) 朝10時〜夜8時、最終日午後5時閉場
主催:日本デザインコミッティー
展覧会ディレクション:山中俊治

山中俊治 × Martin Peekトークショー:ダイソンのデザインと技術力

日時:7月30日(金)午後6時~7時
場所:アップルストア銀座 3階・シアター 〒104-0061 中央区銀座3-5-12
出演:山中俊治(デザイナー)、Martin Peek(Dyson Senior design engineer)
参加費:無料(事前予約不要)

※当日は、5時40分より入場ご案内を開始しますので、アップルストア銀座の担当者の指示に従っていただき、ご入場下さい。着席は来場順に先着80名様までのご案内となります。お立ち見でもご覧いただけます。

奇人天才シリーズその5:佐藤雅彦さん

Exhibition,Genius — yam @ July 17, 2010 3:45 pm

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佐藤雅彦研究室は、慶應義塾大学SFCでは一つの伝説になっています。大変な人気研究室で、所属を希望する学生は百人を超え、毎学期大教室で選抜試験が行われたそうです。試験科目には数学も含まれていて、佐藤研究室に入ることの方がSFCに入る事よりも遥かに難しいと言われていました。

佐藤さんと学生達が生み出した様々な傑作はここで紹介するまでもないと思います。「動け演算」、「ピタゴラスイッチ」、「日本のスイッチ」、「任意の点P」、「フレーミー」、「差分」…。一昼夜かけてピタゴラスイッチを作る合宿などもあったそうです。間とリズムが印象的な傑作CMをたくさん世に送り出した佐藤さんですが、研究室では日常感覚を数学的抽象で研ぎ澄まし、心にひびくアニメーションや絵本を作りました。

授業も大盛況で、300人が入る教室はいつも満席。佐藤さんが右手にケガをして左手で黒板に文字を書いていたとき、文章の途中で黒板の端まで来たらそのまま横の壁に文字を書きつづけていったというような逸話も残っています。

佐藤雅彦さんは、人見知りをされる事でも有名です。何度かお会いしたことがあるのですが、毎回、初対面のよう。ありきたりの話題にはほとんど関心を示さない方ですし、すぐに黙ってしまわれるので、たちまち間が持たなくなってしまいます。ところが、ご自身がそのときに一番関心を持っている話題にこちらが触れると、突然関を切ったように早口で話しはじめます。その瞬間に居合わせた人は、この人の天才的思考の一端に触れる幸運に恵まれます。

先日お会いした時は、計画中の展覧会のアイデアについての怒濤のお話に出くわしました。自分の境界線、属性、自分がカテゴライズされる事の意味、鏡の向こう側の自分、自分の一部が他人に利用される事の恐怖、などなど、圧倒されるような思索の連鎖。

そのときの話題が、「これも自分と認めざるをえない」展。21_21 DESIGN SIGHTで16日から開催されました。入場者は最初に自分を登録して、様々な体験型展示物の間を歩いて回ります。骨展でもお世話になったコーディネーターの田中みゆきさんいわく「健康診断」あるいは「注文の多い料理店」。人々が、床に引かれた矢印に沿って、自分に関する何かを教えてくれるさまざまな装置を順に巡って歩く様は、確かに人間ドックのようです。

先日の内覧会は大変込み合っていたので、佐藤さんは、多くの人がちゃんと体験できているかどうかが気になって走り回っていました。込み合ってない平日の昼間がねらい目です。

あ、ひとつだけ。自分の名前を登録するときには、ちゃんと氏名を漢字で入れましょう。その方がより深く自分と向き合えそうです。

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