宇宙船デザインの話の第3回、これで最後です。
探査船のサイズや形は、全体の行程と密接に関わっています。最初に選定した行き先候補である3つの小惑星それぞれに、必要な燃料の量がかなり違うので一概には言えませんが、中央の居住区は直径約10m、タンクを含めた直径は小さくても約30mになりそうです。構造質量だけで数十トン、燃料を含めた出発時重量は数百トンのかなり巨大な宇宙船です。
ミッション開始にあたっては、まず、たくさんのロケットで繰り返し部品や推進剤タンクが打ち上げられ、軌道上で組み立てられます。最後に乗員も打ち上げられ、完成した居住区に乗り込み、いよいよメインエンジンが点火されて出発。フル加速で(といってもせいぜい1Gで数分、0.3Gで数十分ですが)地球軌道を脱します。
空になったタンクは、航行の各段階ごとに捨てられて行きます。タンクだけでなく、最終的にはこの宇宙船はその大部分を宇宙に放棄して帰ってくることになります。もったいないと思うかもしれませんが、再利用のために丈夫にすると重くなりますし、それを持って帰るのにも燃料がいるので、できるだけ薄く作って使い捨てていく方が合理的で現実的なのです。(スペースシャトルは、回収、再利用のできる経済的な宇宙船として華々しくデビューしましたが、結果的にはメンテナンスと打ち上げのコストがかさみ、財政上の悩みのタネになってしまいました。)
上のモックアップの写真は、行きの加減速を終了し、小惑星にたどり着いた頃の形です。すでに多くのタンクを放棄し、帰路の加減速に必要な推進剤だけを保持しています。下の図は全体行程を図式化したものです(クリックで拡大)。
約3ヶ月後、ようやくこの宇宙船は目標とする小惑星から数百メートルの距離まで近づきます。直接に小惑星に着陸することはせず、ひとり乗りの探査ポッドが射出されて小惑星の一角に着陸することになるでしょう。小惑星の重力は非常に小さいので、着陸というより「しがみつく」が正しいかもしれません。
いくつかのミッション(サンプルの採取や観測装置の接地、計測、実験など)が実施され、それが終了すると帰路につきます。さらに約3ヶ月をかけて再び地球軌道上に戻ってきます。
地球の軌道上に戻ってくるころには推進剤タンクはすべて放棄され、中央の多面体の居住区とその先端についた再突入カプセル(先端の円錐状の部分)だけになっています。3人の乗組員が再突入カプセルに移乗し、最終的には居住区も放棄され、カプセルだけが大気圏に突入します。パラシュートで海上に着陸したカプセルを地上班が回収してミッション終了になります。偉業を達成した3人は熱狂的な出迎えを受けることになるでしょう。
以上、長い初夢でした。そう言えばこの宇宙船、まだ名前を付けていません。公募したりすると、なんとなく国家プロジェクトっぽくなるかな。
*写真:清水行雄
引き続いて有人小惑星探査船のデザインのお話。
この宇宙船のデザインに特徴的なのは、中央の居住区を放射状に取り囲んだ推進剤タンクです。話題となった無人探査機ハヤブサは、とても少ない燃料(推進剤)で時間をかけて小惑星イトカワまで往復しました(7年もかかったのは予定外ですが)。しかし有人機では、過酷な宇宙空間に人が滞在する時間をできるだけ短くする必要があります。そのために膨大な小惑星を精査して、最短で行ける目標を選んだのですが、それでもかなり加速してスピードを上げて航行し、ブレーキ(とはいえ、加減速とも1G以下ですが)をかけて小惑星にランデブーすることになります。宇宙では加速にも減速にも膨大な推進剤を使うので、出発時の船体は推進剤タンクの固まりのようになります。
これをデザインするにあたって、最初は学生たちと一緒に、いわゆる「宇宙船」っぽいスケッチを描いていたのですが、何度も野田さんからダメ出しされました。「そもそも船体を前後に長くしたり、全体にまとまり感を与えたりする必然性ないから」と。
言われてみればスピード感のような美意識は、無意識に流体中の移動体が持つ合理性を引きずっていています。加速度も大きなものではないので、過度に剛性や強度を持たせて重くすることは推進剤のロスにつながります。広大な宇宙で組み立てるので、コンパクトにすることにもさほど意味はありません。スケッチを描きながら、私たちが持つ「カッコイイ」という感覚が、空気や水と重力の影響をいかに強く受けているかを思い知らされました。
議論の末、中央の推進軸上に居住区を置き、それを取り囲むように推進剤のタンクを放射状に配置することにしました。宇宙空間での組み立てやすさ、切り離しやすさに配慮すると同時に、居住空間を囲むことでいくばくかの宇宙線の遮蔽効果にも期待しています。4機のスラスターの反対側(先頭?)には円錐状の再突入カプセルがあり、本体の影にならないよう少し前方の離れた所に、太陽電池パネルが展開されています。
この不思議な船体が、重力の影響をあまり受けずに水の中を漂うように生きるクラゲの幼生や藻のような印象なのは、偶然ではないような気がします。実際、宇宙機の航行は「飛ぶ」というよりも「漂う」に近いのです。
下は居住区のスケッチです。3人の宇宙飛行士は6ヶ月間、ほとんどの時間を無重量状態で過ごします。ついつい上下のない自由な内装をデザインしたくなりますが、どうやらそれは宇宙飛行士に多大な心理負担をかけることがわかってきました。初期の宇宙船では上下のない内装も少なくなかったそうですが、現在のISSなどでは、はっきりと上下がわかるようにデザインされています。
居室は全部で五つ。中央に食堂があり、周囲にラボ、寝室、ジム、与圧室が配置されています。至る所に「手すり」があり、ディスプレイなどが、その手すりに細いアームで柔らかく固定されています。こんなに突起があるとぶつかってケガをするのではないかと思うかもしれません。しかし、無重量状態では基本的に「転ぶ」ことがないので、思い切って壁を蹴らない限り、どこかに強く頭をぶつけることもないそうです。
その3に続きます。
2012年の最初のエントリーは初夢っぽく、慶應SFCで研究してきた有人小惑星探査船の話をします。長い夢物語になるので3回に分けてアップしたいと思います。
きっかけはアーティストの八谷さんから私宛のツイッターでした。宇宙機のデザインに興味を持っている航空宇宙関係の技術者を紹介したいと(「航空宇宙のデザイン始めます」参照)。その人は野田篤司さん。過去にいくつも実現した衛星プロジェクトを指揮してきた高名な技術者です。その方が「カッコイイ宇宙機」を作りたいという夢をずっと持っているというのです。実際にお会いしてすっかり意気投合してしまいました。それから1年半以上、「美しい宇宙船」を作ることの意味と可能性について議論を重ねています。
そのツイッターのやり取りを見て声をかけてくれた雑誌の編集者さんがいました。講談社コミックモーニングの佐渡島庸平さん。佐渡島さんが担当しているマンガ「宇宙兄弟」のムック本「We are 宇宙兄弟」に宇宙機のデザインプロセスを連載してみないかとメールをいただきました。ばたばたと連載が決まり、宇宙と宇宙機について野田さんのレクチャーを受けながら、デザインスタディとして有人小惑星探査ロケットをデザインして、その経過を連載してみることにしました。それがちょうど1年前です。写真はその最新号にも掲載したモックアップです。
宇宙開発の専門家である野田さんと構想を議論し始めてまず驚いたのは、通常の乗り物とは全く計画の手順が違うことでした。いわゆる商品として乗用車やバイクを計画するときには、目標となる運動性能や人や荷物の積載量、使い方などを検討する所から始めます。
有人ロケットもそこが決まらなければ、デザインできないのは同じですが、最初に野田さんが始めたことは「行く先」を決めることでした。数百ある小惑星の軌道と地球との位置関係から、それぞれの小惑星に最も短い時間で行けるタイミングを、2020年から40年間に渡ってシラミ潰しに計算して行くのです。目標はできるだけ少ない燃料で、できるだけ短い時間で(できれば6ヶ月以内で)帰って来れるルートを探すこと。
考えてみれば、1回しか使わないロケットを設計する以上、当たり前のことだったのですが、これまで私がデザインしてきた乗り物の行き先や出発日は買った人が決めるものだったので、あまりに計画手順が違って感動しました。
そんな私の感動をよそに、野田さんがその膨大な計算結果の中から淡々と選んでくれたターゲット候補は3つ。小惑星2006 QQ56(2050年3月9日に地球を出発し、9月3日に帰還)、小惑星1999 AO10(2025年9月1日に地球を出発し、2026年2月27日に帰還)、小惑星2001 QJ142(2047年4月24日に地球を出発し、10月20日に帰還)。それぞれに推進剤の量や、宇宙飛行士の宇宙滞在時間が計算され、それを元にタンクの大きさやエンジンの大きさが決まって行きます。
2050年(!)という遠い未来の日付を見て、自分が今、どんなに途方もないものをデザインしようとしているかを思い知らされました。
その2に続きます。
*写真:清水行雄