水と紙と絵の具がおりなす小宇宙
水彩画や水墨画の、水と紙と絵の具が作り出す独特の表情は、私たち日本人が昔から親しんできたものです。「にじみ」や「ムラ」は、塗装やグラフィックでは不具合として嫌われますが、水彩の世界では積極的に表現として利用されています。
例えば水墨画の筆遣いの基本は、水を含ませた筆の先端に濃い墨を付けることですが、これは、一本の筆の根元と先端で、墨の濃度の差を作ることによって、複雑な現象を紙の上で引き起こすための「仕込み」です。
筆が紙の上を走ると、筆の角度や力加減によって刻々と濃さの違う墨や絵の具が紙の上に置かれ、流動し、混じり合います。このときに現れる偶然のかたちを、雲の流れや、植物の繁茂、川の流れ、人の肌などに見立てるのですが、この「見立て」は必ずしも偶然ではありません。
濃度の違う液体が引き起こす複雑な拡散現象は、実は自然界にも広く見られる現象です。水蒸気と風が日々作り出す雲のかたちや、植物と大地が何年もかけて作る森のフラクタルなパターン、あるいは大地とマントルが何億年もかけて作る地形などの自然の風合いも、それぞれにスケールや時間の流れは違いますが、同じような流動と拡散の原理に基づいてできているからです。
また、さまざまな成分が含まれた絵の具が紙にしみ込んでゆくときには、各成分の拡散速度が異なるため、微妙な色調の帯状グラデーションが生まれますが、ここにも、大気層のグラデーションや、植物相の変化、生物の皮膚の模様の変化などの、自然がつくりだす色調の変化と共通の原理がひそんでいます。
そのように見て行くと、水墨画や水彩画は、様々なスケールの自然の営みのシミュレーションであり、私たちはそれによって紙の上に小宇宙を再現していると言えるのではないでしょうか。
上の絵は、人の手から飛翔する昆虫規範型のマイクロロボットのイメージスケッチです。機械の硬質な質感に水彩は向いていないのですが、技術そのものは自然に学んだものなので、そのしくみの柔軟さを、長い繊維の紙にたっぷりと水を使って表現しました。人の手の方が、表現との相性が良いように見えるのは、それこそ、偶然ではありません。未来の人工物はもっと表情豊かな質感を持つことになるはずです。
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羽の角度を変える機構が成程と思いました。
後ろの尻尾は、ガガンボの後ろ羽(錘)の様に羽の動きを打ち消す方向に同期して動く(回転する?)のかな、羽の中の骨が、敢えて直線的なのは、角度を変える時のしなり方を考えてなのかな等、見ていて色々想像出来てとても楽しいです。
色々後ほど気になって調べてみました。
平均棍で物理的にバランスを取ると言うのは言うのは昔の考え方みたいですね。
だから、この絵では一つだけしか無いのかとようやく分かりました。
また二本の羽の根元の軸の中で回転運動は吸収されるので、羽の捻りは基本的に無いだろうと考えなおしました。
http://www.kawachi.rcast.u-tokyo.ac.jp/sdb/struct/struct.html
こんなサイトを見つけました。ここを見ると羽の前部分は固く動かないけれど、後ろの部分はかなりひらひら自由に動くようになっています。
昆虫の翅脈が、有機的な構成なのも何かしらの理に適っているのではないかと思います。自然に直線はないとよく言われるので気になって調べました。
しつこくスイマセン。
以下、近い将来予測です。
回転運動を往復運動に変換する機構が重いので、人工筋肉が発展したら、よりシンプルに昆虫そのものに近い構造が実現できると思います。
http://www.eamex.co.jp/denshi_hp/denshi_idex.htm
このアクチュエーターが、もし痙攣の様に細かく高速で動けば本当に小さな飛翔ロボットが出来ると思います。
ちなみに余談ですが、私はこのアクチュエーターを使った人造顔面が出来れば、不気味の谷を越えられるものが出来るのではないかと思っています。
松本喜三郎、ロン・ミュエック、パトリシア・ピッチニーニ。
ハイパーリアルな人型造型で思い出しました。
ロウ人形の表面は、ワイヤーブラシで傷を付けた後、バーナーで軽くあぶると、物凄く人の肌の質感がリアルに表現できるそうです。
そんなところにも、もしかしたら自然の摂理の共通性が表れるのかもしれません。
>未来の人工物はもっと表情豊かな質感を持つことになるはずです。
ここから、アナログとデジタルの性質の違い等も考えられると思います。よりアナログに近い世界と言うのはより情報量の多い世界ですからね。デジタルとアナログと言うのも、対立すべき考え方では無いというのを、もう少し考えるきっかけになりました。
http://ameblo.jp/paul4/entry-10372113769.html
この中に出てくる数式は自分でも試してみたいと思っています。
Masato Nasuさん
丁寧な考察をありがとうございます。
ひとつ一つのコメントにそれぞれお答えしたかったのですが、
ちょっとタイミングを逃してしまいました。
昆虫規範型の飛行ロボットの動力については、モーターよりもピエゾ素子などの方が流行のようです。その場合クランクのような構造ではなく、弾性ヒンジを用いて、まさにご指摘のような「痙攣」で、翼を動かします。
http://www.youtube.com/watch?v=6m-_SSCBcrg
わくわくしますね。
はじめまして。
twitterとあわせていつも楽しみにしております。
飛行機ではなく飛翔機が空を飛び回る未来も楽しそうですね。
飛翔の機構に関する考察の中 恐縮ですが、水墨画の中に
フラクタル性を見出す洞察にわくわくしてしまいました。
i-mottoさん、はじめまして。
今回のテーマはそちらがメインですね。
フラクタル・シミュレーションとしての水墨画。
水墨画で、例えば植物の葉を描くみたいな事は、一瞬でなされるので、
ちょっと眼には簡単そうに見えます。
しかし、やってみるとなかなか葉っぱにならない。
フラクタルな出来事は一瞬ですが、意図通りの形状を適度なサイズと密度に
発生させる確率を上げるには、長い修行が必要なようです。
返信ありがとうございます。
リンク先拝見致しました。
凄いですね、夢がありますね!
ピエゾ素子は、よくライターに使われていますが、そんな事にも使われているんですね。もともとは、爆弾の信管に使われていたと言う話を聞いた事があります。
話は変わりますが、水墨画で思い出したのが以下です。
万年筆のインクを薄く水で溶いたモノを紙に塗り、それを任意の濃さに調節した漂白剤で脱色していくと綺麗です。滲みの調節次第で、まるで描いた線が発光している様な効果が出ます。インク乾き具合や濃度など、色々調節してかなり色々な表現が出来ます。もしかすると、紙自体によっても変わるかもしれません。
その現象をフラクタルとは考えませんでしたが、そう考えるとこれもまた夢があります。精緻な自然のメカニズムですね。