ふたつにひとつ以外の選択

SFC,Works — yam @ September 26, 2009 5:02 am

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どちらも大切だと思っていることの二者択一を迫られるとき、私は、一方を採り、一方を捨てるしかない状況そのものを根底から疑うようにしています。二つの選択肢しか見えない状況に自分を縛ってはいないか。そもそもなぜその二つなのか。

アイデアは二律背反を疑うところから始まるのではないでしょうか。

両天秤のまま妥協点を探そうとすることは、しばしば一番つまらない選択となってしまいます。例えば、作り手は楽しさと機能を両立させたつもりでも、いまいち面白くなくて思ったほど役に立たないという商品ができてしまいがち。いっそどちらか極端な方がましな場合もありますが、そもそも「ふたつにひとつ」という枠組みを捨ててしまいたい。

私は大学生だった頃、漫画家になるかエンジニアになるか、とても迷いました。そのあげくどちらも選ばず、工業デザイナーになるという、ちょっと異方向の「アイデア」に飛びつきました。

この決断が正しかったかどうかは今もわかりません。結局は「妥協点」だったんじゃないかという気も、しないでもないのですが、技術者として働きながら趣味で漫画を描くというような両天秤よりは、少しばかり愉快なことになったような気がします。

今、「アスリートのための義足」をデザインしているのですが、学生の頃に夢中になって描いていたスポコン漫画が、いつの間にかとても役に立っています。同じ頃に学んだ機械工学の知識も、その後のプロダクトデザイナーとしてのキャリア以上にこのプロジェクトを支えています。どっちか選んでしまわなくてよかったと実感しています。

これまでの義肢の設計は、機能を犠牲にしてでも義肢であることが他人にわからないように作るか、機能を優先して本物に見せかけることをあきらめるかの二者択一でした。でも、美しくて機能的な、それ自体がすばらしく魅力的に見える義足を作ることができれば、この「ふたつにひとつ」の壁を破れるのではないでしょうか。ここでも第3の道を探し始めています。

photo by Yukio Shimizu

3 Comments »

  1. [...] This post was mentioned on Twitter by RITA Aless. RITA Aless said: 「どちらか」でもなく「どちらも」でもないところ。右でも左でもなければ飛んじゃえ http://j.mp/3TwL7a [...]

  2. こうして科学者の「頭の中身」を垣間見せて頂くことは、私のような頭の中が曖昧模糊の超文系人間にとって、とても意義あることです。

    山中さんは、豊かな言葉をお持ちの科学者だと以前から感じています。
    その豊かな言語で、アイディアが生まれる過程・背景や、科学者として大事にされていること、などを語って頂けたらとても嬉しいです。

    ちなみに、わが家の主人も工学部出身の会計士ですが、やはり工学への情熱が強く、双方の中間点のような仕事を渡り歩いています。
    それだけ科学技術・真理には魅力があるのだろうと勝手に解釈しています。

    Comment by etoile — September 27, 2009 @ 2:32 am
  3. etoileさん

    ありがとうございます。そういう風に行っていただけると、自分の個人的なノウハウ(実はそれ自体は少しも科学的ではないもの)をここで書き連ねることの意味が見えてくる気がします。

    Comment by yam — September 30, 2009 @ 6:29 am

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