設計と計算、身体感覚にたよるには315年早い

SFC,Technology and Design — yam @ 9月 6, 2010 11:11 pm

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研究室に入ったばかりの学生達に動く機械を作らせると、プレゼンテーションの場でイメージ通りに動いてくれない作品が続出します。摩擦が大きすぎたり、力が足りなかったり。手で支えていないと立たないものもあります。

「さっきまでは動いてたのに…」と学生は残念がりますが、むしろ動いていたというのが奇跡としか思えないものばかり。理由は簡単です。「設計」ができていないから。動く物を動くように作るためには、エネルギーと構造をちゃんと設計する必要があります。私たちの体で言うと筋肉と骨格ですね。

目標とする動きを得るためには、モーターを使うなら十分な出力の物を選び、必要な電力を見積もる必要があります。そのためには一応の力学と電気の知識が必要です。力を伝えたとたんにゆがんでしまうような構造で何かをさせるのは無理。強度や剛性を見積もる科学は結構難しいので、多くの学生は試行錯誤に頼りますが、少なくとも正確な図面による製作ができないと、何度やっても前には進みません。

アイデア段階で、自分の手でものを動かしながら、こんな動きをする装置を作りたいと学生達は言いますが、そこにまず落とし穴があります。

私たちは自分の体にかかる力を身体感覚として知っています。しかし、当たり前の事ですが、これから作る骨格筋肉と、私たちの脳はつながっていません。だからその力や強さを知るための、科学という客観的な物差しを学ぶ必要があるのです。

先日も紹介した、九代目玉屋庄兵衛氏が図面を引かない事に私が驚嘆したのは、現代の動力機械の設計には、このような計画図と計算が欠かせないからです。

九代目の場合はからくり人形に必要な力や構造を、まるで自分の体のように見積もります。バネの強さや糸にかかる力を指先で計り、手応えで剛性を確認します。身体感覚だけで粛々と進んでゆく九代目の作業を目の当たりにして、人間の感覚の可能性に感動しました。

もちろん、そんな身体感覚を身につけるのは簡単ではありません。少なくとも玉屋氏のもとで、15年は学ぶ必要があるようです。三百年の歴史と15年の修行の積み重ねがない学生諸君は、ちゃんと計算しましょうね。

写真左は大学院生の設計ノート(撮影:吉村昌也)
右は弓引き小早船(撮影:清水行雄)

第二次世界大戦当時の戦闘機に見る、デザインのお国柄

Sketches,Technology and Design — yam @ 8月 14, 2010 3:02 pm

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空が大好きな少年だった私は、中学生のころに、二次世界大戦当時の名戦闘機のミニプレーンを、シリーズでプレゼントしてもらったことがあります。翼長4センチぐらいの小さな完成模型が12機。本当に様々な形があることに目を見張り、形にお国柄のようなものがあることを、初めてはっきり意識した経験でした。

今でも印象に残っているのは、英国の名機、スーパーマリン社製のスピットファイアでした。全体に楕円を基調とした柔らかい形をしていて、全く威嚇的なところがありません。蝶の羽根を思わせる楕円形の巨大な主翼は、爆撃機迎撃のための上昇力を追求した結果らしいのですが、機体全体が柔らかい楕円カーブで覆われ、ある種の優雅さを感じさせます。

米国ノースアメリカン社製のマスタング P51 には、筋肉質の力強さがありました。圧倒的な燃料搭載量を誇っていたという機体には、どこかアメリカンヒーローのマッチョさがただよいます。そのモデルには、サメの口が塗装されていましたが、兵器に絵を描くセンスは子供心に理解しがたく、ふざけたことにしか見えなかったのを憶えています。

これらの印象的な戦闘機に比べるとドイツのフォッケウルフ Fw190 は、いかにも花がなくて中学生にはつまらない印象でしたが、今見ると率直な機能設計であり、エンジンパワーと頑丈さがそのまま外観にあらわれた剛性感のあるスタイルは、いかにもドイツ的です。

日本の三菱重製の零式艦上戦闘機(通称「零戦」)のスタイルもかなり独特の形でした。エンジンの形状がそのまま先頭にあるミニマルさ、装甲を省略したと言われるひたすらに軽く、シンプルな機体。子供心に一番かっこいいと思ったのは、愛国心というより、何かそのミニマリズムに共感するところがあったのかもしれません。

デザインは設計思想の表明です。しかし、同時にそれぞれの文化が色濃く反映されるものでもあります。

戦闘機の設計者達にとって性能が最優先であった事は間違いありません。軍の指導者達にも、見た目の印象を選定理由にする余裕はなかったはずです。にもかかわらず、現代の乗用車や家電のデザインにも通ずるお国柄がくっきりと現れます。

兵器という、幸福とは言えない目的のために設計された装置にすら、美意識と文化が宿るという事実は、人が作るという事の意味を改めて考えさせられます。

(絵は、上からフォッケウルフ、スピットファイア、零戦、マスタング)

扇風機を改良したかったわけじゃなかったダイソン

Technology and Design — yam @ 7月 31, 2010 9:20 pm

昨日行われた、ダイソンのデザインエンジニア Martin Peek 氏とのトークショーは、80席の会場に、百人近い人が参加してくれて立ち見の大盛況でした。印象に残ったMartin氏の発言をメモしておきます。

「アイデアを出すところから製品の出荷まで、一貫してひとりのデザインエンジニアが担当する。モデルを作ってばかりいればモデルのクオリティは上がるけれども、それでは本当のイノベーションは起こせない。」

「デザインエンジニアは全員、いつもスケッチブックを持ち歩く。」

「とにかく、テスト、テスト、膨大な試作とテストを繰り返す」

「段ボールはいいモデル素材だ。加工しやすく、どこにでもある。」

「ダイソンは新卒を採用する。その柔軟さが必要だから。」

「DC8の主要部を設計したときは本当に忙しかった。でも学生の時と同じだとも思った。ゼロから何もかも自分でやったから。日本の人たちほど働いた訳じゃないけど一日10時間は働いたと思う。」

「市場にある物を少しばかり改良して、より優位な物を投入するというような発想はそもそもダイソンにはない。ジェームズ・ダイソン自身がそういうことには興味がないのだ。」

「デザインエンジニアのユートピアのように聞こえるかも知れないが、日程のプレッシャーは相当に厳しい。」

“はじめから扇風機を改良したかったわけではなくて、高速空気が引き起こす面白い現象を何かに使えないかと考えたら、たまたま扇風機だったのではありませんか?”という私の質問に対して「その通り。ダイソンは空気の流れの技術を売る会社だ。研究室では科学者達がいつも新しい現象を探し出しては、何かに使えないかと考えている。」

最後の質問は、私自身が確かめたかったことでした。一般的な企業は市場のニーズから出発して何かを作ろうとしますが、ダイソン社では、個人の好奇心が開発の根源的な動機になっているようです。その自由な研究体制と、水平展開する柔軟さに感動しますね。

トークショーの後、「自分の会社のすばらしさを、あらためて実感した」というMartinと話していて、思わず「かつての本田やソニーだって…」と口走ってしまいました。「かつて」ではないことを祈ります。

風のとおり道

Exhibition,Technology and Design — yam @ 7月 28, 2010 4:20 pm

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ダイソンの羽根のない扇風機は、ちょっと目には魔法のように見えます。リングの内面の細い隙間から、高速の空気を吐き出し、それが後方や周囲の空気を引きずって大きな風になって前に流れて行く。ばらしてみると高速空気の元となる小さなファンが根元にあって、上のリングに空気を送り込んでいます。

ある雑誌社の方が、リングが空洞なのを知って、何かちょっとがっかりとおっしゃっていました。しかし、むしろ何も入っていないというシンプルさにこの原理の素晴らしさがあります。原理的にはこのリングは円である必要はありません。角の丸い四角でもひょうたん型でも、あるいは花の形でも機能するでしょう。また、リングがとても軽く、安全であることも合わせると、レイアウトと形に大きな自由度を持つ送風原理だと言えるでしょう。

ダイソンさんとは以前からご縁があって、ダイソンのデザイン理念を伝える展覧会の私がディレクターとなりました。会期中に予定されているトークショーイベントと会わせてお知らせします。

どうやら、現時点でダイソンのエアマルチプライアーの新型「首長丸」と「縦長丸」(勝手に名けました、笑)の実物を見られるのは、この展覧会場だけらしいですね。開発中に作られたプロトタイプや開発過程のビデオなども展示されていますので、銀座でお買い物の際には是非お立ち寄り下さい。

第667回デザインギャラリー1953企画展

「風のとおり道 ― エアマルチプライアーにおけるダイソンの新たな挑戦」

ダイソン社は、常に全く新しいものを商品化する。あたりまえの事のようだが、実はこれができる企業はめったにない。なぜなら資本主義は、たくさんの企業が互いに微妙な差異でマーケットを奪い合う事を是としており、そのような孤高な使命を必ずしも企業に要求していないからだ。だからこそ、彼らの作る物は常に圧倒的である。

会期:2010年7月21日(水)〜8月16日(月) 朝10時〜夜8時、最終日午後5時閉場
主催:日本デザインコミッティー
展覧会ディレクション:山中俊治

山中俊治 × Martin Peekトークショー:ダイソンのデザインと技術力

日時:7月30日(金)午後6時~7時
場所:アップルストア銀座 3階・シアター 〒104-0061 中央区銀座3-5-12
出演:山中俊治(デザイナー)、Martin Peek(Dyson Senior design engineer)
参加費:無料(事前予約不要)

※当日は、5時40分より入場ご案内を開始しますので、アップルストア銀座の担当者の指示に従っていただき、ご入場下さい。着席は来場順に先着80名様までのご案内となります。お立ち見でもご覧いただけます。

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