設計と計算、身体感覚にたよるには315年早い
研究室に入ったばかりの学生達に動く機械を作らせると、プレゼンテーションの場でイメージ通りに動いてくれない作品が続出します。摩擦が大きすぎたり、力が足りなかったり。手で支えていないと立たないものもあります。
「さっきまでは動いてたのに…」と学生は残念がりますが、むしろ動いていたというのが奇跡としか思えないものばかり。理由は簡単です。「設計」ができていないから。動く物を動くように作るためには、エネルギーと構造をちゃんと設計する必要があります。私たちの体で言うと筋肉と骨格ですね。
目標とする動きを得るためには、モーターを使うなら十分な出力の物を選び、必要な電力を見積もる必要があります。そのためには一応の力学と電気の知識が必要です。力を伝えたとたんにゆがんでしまうような構造で何かをさせるのは無理。強度や剛性を見積もる科学は結構難しいので、多くの学生は試行錯誤に頼りますが、少なくとも正確な図面による製作ができないと、何度やっても前には進みません。
アイデア段階で、自分の手でものを動かしながら、こんな動きをする装置を作りたいと学生達は言いますが、そこにまず落とし穴があります。
私たちは自分の体にかかる力を身体感覚として知っています。しかし、当たり前の事ですが、これから作る骨格筋肉と、私たちの脳はつながっていません。だからその力や強さを知るための、科学という客観的な物差しを学ぶ必要があるのです。
先日も紹介した、九代目玉屋庄兵衛氏が図面を引かない事に私が驚嘆したのは、現代の動力機械の設計には、このような計画図と計算が欠かせないからです。
九代目の場合はからくり人形に必要な力や構造を、まるで自分の体のように見積もります。バネの強さや糸にかかる力を指先で計り、手応えで剛性を確認します。身体感覚だけで粛々と進んでゆく九代目の作業を目の当たりにして、人間の感覚の可能性に感動しました。
もちろん、そんな身体感覚を身につけるのは簡単ではありません。少なくとも玉屋氏のもとで、15年は学ぶ必要があるようです。三百年の歴史と15年の修行の積み重ねがない学生諸君は、ちゃんと計算しましょうね。
写真左は大学院生の設計ノート(撮影:吉村昌也)
右は弓引き小早船(撮影:清水行雄)