チタンという金属はとても貴重なものだと思われています。でも実は、地球の表面付近にある元素では9番目に多い元素で、銅の百倍ぐらいあるんだとか。チタンは金属の中でも特に非強度が高く(軽くて強い)、硬いのに折れにくく、酸にも強く、海辺にあっても錆びない、人の肌に触れてもアレルギーを起こさないなど、いわゆる生活用品や建材として最適の特性を備えた、金属の優等生です。にもかかわらずご存知のように、使われているのは高級時計やゴルフのヘッド、航空機の部品など、高級品や高機能部品ばかり。理由は高価だから。ふんだんにあるのになぜ高価なのでしょう。
問題は作るのが難しいということです。自然界には酸素をはじめ他の元素と非常に強固に結びついた状態で存在するため、引きはがして純チタンにしようとするとエネルギーを大量に使います。ようやく純チタンを手に入れても、硬くて粘りがあるので削るのも曲げるのも難しく、高熱では酸素や窒素と再結合するので、空気中では溶接もできない。結局、使おうとするとお金がかかるので、レアメタル(希少金属)に分類されてしまいました。ちなみに酸素を引きはがさない状態の「酸化チタンの粉」は、安くて真っ白なので「チタニウム・ホワイト」として絵の具によく使われています。
このように豊富にありながら高価な金属チタンですが、「実はアルミも百年前はレアメタルだった。技術革新が進めば、当たり前のように使われるようになる」とレアメタルの専門家の岡部徹教授は言います。いつか私たちは、チタンに囲まれて暮らすのでしょうか。
写真は業界の人が「クラウン」と呼ぶ、準チタンの「切り落とし」です。チタンの固まり(円筒)を作るときにできる上澄みのような部分で、「不純物が多く、スカスカなのでゴミみたいなもの」(岡部教授)なのだそうです。切り落とされた上澄みは直径約80センチ、厚さ5センチほどの巨大な円盤で、周囲には溶けたチタンの突起がきれいに並び、酸化皮膜による光の干渉で金色に輝いていて、まさにクラウン!。
通常は直ちに切り刻まれて再精錬にまわされるのですが、かけらの一つを工場で分けてもらってきました。23日にスタートした「チタン/3Dプリンティング 〜 マテリアルの原石」展の玄関を飾っています。
Research Portrait 01 「チタン/3Dプリンティング 〜マテリアルの原石」
日時: 2014年10月23日(木)- 11月2日(日) 11:00 – 19:00(入場無料)
場所: 東京大学生産技術研究所S棟1階ギャラリー
東京大学の教授に就任して一年半が経ちました。慣れないことも多くて、ばたばたしておりましたが、少しまとまった形で報告できることが整ってきたので、皆さんにお知らせします。
私たちの研究室では、先端技術の夢を社会に伝えるべく、様々な研究者と共同でプロトタイプを開発する活動を行っています。その発表の場として、Research Portraitという展覧会のシリーズを企画しました。その第一弾として、「チタンをコモンメタルへ」を目標にするレアメタル研究者の岡部徹教授、Additive Manufacturing(3Dプリンティング)研究の草分け的存在である新野俊樹教授との共同で「チタン/3Dプリンティング 〜マテリアルの原石」を開催します。
チタンは、軽くて強くて耐食性にすぐれ、金属アレルギーを引き起こさないなど実用に優れた特性を持っています。医療用のインプラントやゴルフクラブヘッドなどに使われているものの、私たちになじみのある金属とは言えないチタンですが、実は地球の地表付近に存在する元素の中では10番目に多く(銅やニッケルよりもおおい!)資源としてはふんだんにあるのです。とても酸素を結びつきやすく、酸素を引きはがすのにエネルギーを使うために、高価なレアメタルとなっています。岡部先生は、ご本人曰く「誰も注目しない頃から、ずっとレアメタルを研究してきた」その分野の第一人者でです。
3Dプリンティングも、オバマ大統領が次世代のの基盤技術として推奨して有名になり、パーソナルなものづくりのための魔法の箱として注目されています。しかし一方で十分な精度、強度が出ない、人々が自由に使えるソフトウェア環境が整っていないなど、基礎研究が十分でないこともあって、「なんでも作れる」からは少し遠い状況にあります。新野先生は3Dプリンティングを含むAM(Additive Manufacturing)技術についてはリーダー的な宅割りを果たす研究者です。
どちらの技術も、私たちの生活を支えるマテリアルとして、今ホットで、かつ本格的な実用化直前にあります。ほんの百年前まではアルミニウムもレアメタルでしたし、合成樹脂もプラスチックな(自由に造形できる)夢の素材でした。チタンの精錬技術が向上し、3Dプリンティングの製造技術が洗練されてきたとき、デザイナーやエンジニアは、どのようなプロダクトを生み出せるでしょうか。「チタンの椅子」や「チタンのピアス」、3Dプリンタで作った「タケトンボ」や「透かし」などのプロトタイピを見て、未来のかけらを見つけていただければ幸いです。
展覧会タイトル:
Research Portrait 01 「チタン/3Dプリンティング 〜マテリアルの原石」
日時: 2014年10月23日(木)- 11月2日(日) 11:00 – 19:00(入場無料)
場所: 東京大学生産技術研究所S棟1階ギャラリー
主催: 東京大学山中研究室、岡部研究室、新野研究室
Web: http://www.design-lab.iis.u-tokyo.ac.jp/exhibition/rp01/index.html#header
協力: アスペクト株式会社、トーホーテック株式会社、東京大学前田研究室
報告が遅くなりましたが、4月1日から東京大学生産技術研究所の教授となりました。
ことの始まりは、昨年の秋にある人が訪ねて来て「東京大学にデザインをもたらして欲しい」と依頼されたことでした。今の日本にはデザインの力がとても重要なのは明らかなのに、東京大学にはその確固たる拠点がないと。
2008年に私は、慶應義塾大学の若手の研究者達に呼ばれて、SFC(湘南藤沢キャンパス)の教授に着任しました。そして、「人と人工物の間に起こること全て」を、工学も芸術も社会学も総動員してデザインする研究グループ、X-DESIGNを彼らと共に立ち上げました。幸いなことに就任してすぐ、たくさんの学生達が私の元に集まってくれ、彼らと共に義足アスリート達に出会い、「骨」展を主催し、少しずつ実験的なものを作り始めました。それから5年、素晴らしい仲間と学生を得て、ある程度の成果を発信できるようになったと実感しています。
まさに理想的なデザインの場が花開きつつある手応えを感じている状況でしたので、 東京大学からのオファーに対しては本当に迷いました。一度はお断りしようとしたのですが、最終的には移動を選びます。30年以上前に学生の私がデザイナーになりたいと思った時には、東京大学にそれを勉強する場所がありませんでした。だからこそ、かつての私のために、ここにデザインを探求し実践する場所を作ろうと思います。
もちろん不安はいっぱいですが、いつも肝に銘じていることがあります。
「決断は軽く、面白そうだと思う方へ」
新しいことを始めるときはいつも先が見えないものです。それに比べると今のままでいる事はとても予想しやすい。だからどっちが良い未来かを比べてもしかたがない。むしろ「まあ面白くなることだけは間違いない」と思えたら十分実行する価値はあると思うのです。
東京大学では、プロトタイピングを活動の核にしようと思います。久しぶりに戻って来た東京大学はやはり宝の山でした。まだ世に出て行かない夢のような先端技術が形を与えられることを待っています。私の仕事は研究者の夢に実体を与え、一足先に人々が未来を体験できる人工物「プロトタイプ」を作ることです。人と技術の間に起こる事すべてをていねいにデザインしたプロトタイプは、単なる試作品を越えて、人々と未来の技術をつないでくれるはずです。
移動が正式に決まってから就任まで一月半しかなく、研究スペースもこれから作って行くという心細い状況ですが、両大学の先生達に支えられて、東京大学を本務としながらも慶應義塾大学の研究室も維持する体制ができました。結果的に、私が理想とする「デザイン」の活動が二つの大学に拡がりそう。
とにかく「面白くなることだけは間違いない」です。
世界で初めて、深海のダイオウイカが撮影されて話題になりました。多くの人が驚愕したのがそのぎょろりとした目。ある意味人間のようでもあったのですが、一方で、どこかこちらを認識しているようには思えない違和感もありました。
学術的にも、ダイオウイカの目は大きな謎だそうです。バスケットボールほどにもなると言われているその巨大な目は、画素数も多く、色彩に対しても敏感に反応することが知られています。だからこそ疑問がわくのです。こんなに高性能な目を持っていても、そもそもその情報を処理する脳が貧弱過ぎるじゃないかと。
地上には太陽の光があふれていて様々なものが色彩豊かにその光を反射するので、高解像度の目を持つことはそのまま情報量が多いことを意味します。それを解釈する脳が優れていれば、見えているものが食物であるか敵であるか、周囲の環境がどう変わるかなど、私たちの生存に関わる重要な情報が刻々と得られます。しかし暗い深海に住むダイオウイカは、その大きな目で何を得ているのでしょう。あまりに謎なので、神が設置した監視カメラじゃないかなどという有名なジョークもあるとか。
最近の研究によるとヒントは深海生物の発光にあるようです。ダイオウイカが生息する水深600mから1000mの世界にはほとんど太陽の光は届きませんが、その代わりに大半の生物が、体内に化学物質によって光る発光細胞を持っています。深海生物同士の通信や誘因に使われているこの光はとても弱いものなのですが、ダイオウイカの目は、かなりの距離からでもこれをとらえます。星々のかすかな光をとらえる天体望遠鏡が巨大なレンズで光量を確保しているのと同じです。
深海でダイオウイカの視野に何が映っているかを想像してみましょう。周囲には小さな藻やプランクトンが光の点として飛び交っています。ときどき、流れるように、あるいは回転するように明滅する光の集団が見えます。それは大きな生物の光です。その光の色やパターンから食べ物を見分け、その正確な方向を知り、そちらに移動することができれば獲物に到達できるでしょう。ダイオウイカが特定の光のパターンに恐ろしい速度で襲いかかってくる映像は、番組でも紹介されていました。さらに、スエーデンの生物学者、ダン・エリック・ニルソンは、ダイオウイカの目が120m先の微かな光も見分けることから、周囲の光るプランクトンの動きによって唯一の天敵であるマッコウクジラが水をかき分けて近づいてくるのを知るのではないかという説を唱えています。
このように考えると、どうやら、高解像度高感度の目は図像を認識するのに役に立つはず、という私たちの常識は通用しません。180°反対側に配置された左右のダイオウイカの目は、全方位を同時に見るレーダーに近いものなのではないでしょうか。広大な暗闇の空間の中で、様々な深海生物が放つ微かな光点の位置を3次元的にとらえて反応するための巨大なドームスクリーンだと考えると、視線の奥に見える深い闇の異質さも理解できそうな気がします。
小さな差が積み重なって思わぬ大きな差になることはよくあることですが、モノを作るときにも寸法誤差の積み重ねは、とても重要な意味を持ちます。
例えば、カステラがきっちり入る桐の箱を作ることを想像してみましょう。理想は隙間なくぴったり納まることですが、人の手が作るものでは、なかなかそうはなりません。カステラを切るときに、菓子職人さんがどんなにがんばっても最大1ミリの誤差は防げないとしましょう。一方、箱職人さんが作る桐の箱も±1ミリぐらいの誤差は出るとします。どちらも20センチで作ってくれと依頼しても、201ミリになったり199ミリになったりする可能性があるということです。
さて、カステラが箱に入らないという困った状況にならないためには、それぞれの職人さんにどのように依頼すればいいのでしょうか。答えは、箱をカステラより2ミリ大きく(箱は201ミリ、カステラは199ミリに)作ってくれと依頼することです。そうすればカステラが1ミリ大きくできて、箱が1ミリ小さくできた時でもちゃんと納まります。
その結果、まあ、カステラの周囲に1ミリの隙間があいてしまうのはしょうがないかと思ってると、実物ができてきた時にまたビックリしてしまいます。最初から2ミリの差をつけてあるのでたまたま小さくできてしまったカステラと、たまたま大きめにできてしまった箱が組み合わされた時には、4ミリの差になります。カステラが片方によってしまったら4ミリもの隙間があいてしまって、最初の思いとは随分ちがうものができてしまいます。
もちろんこれを防ぐためには、もっと精密に仕事をしてくれる人を捜すのが常道ですが、それが難しい場合でも、方法がないわけではありません。箱とカステラひとつ一つの大きさを見極めて、大きめのカステラは大きめの箱に、小さくできてしまったカステラは小さめの箱に入れることです。それぞれの寸法を計って組み合わせさえすれば、両方とも20センチに作るよう依頼しておいても、ぴったり合う相手を見つけることもできるでしょう。計測の精度さえ上げれば、隙間を製作誤差以下にすることも可能ということです。
実はiPhone 5の製造過程では、そういう方法が採用されています。アップルのサイトを見るとこんなことが書いてあります。
製造工程の途中で、iPhone 5のアルミニウム製のボディは、一つずつ2台の強力な29メガピクセルのカメラで撮影されます。その後、機械が画像を検証し、725種類のインレイ(ガラス)と照合します。こうして、一つひとつのiPhoneに最も精密に適合するインレイを見つけるのです。
なんで725種類ものガラスを作るんだろうと思った人がいるかもしれませんが、実際は、出来上がった製品の寸法を計測して725パターン(縦×横で29×25パターン?)に分類してマッチングしたということではないかというのが私の推測です。
「できたものを合わせる」という作り方は、手作り品では珍しいことではありません。例えばお椀とふたを作るときには、それぞれに作って、合うものをセットにするということも実際におこなわれています。アップルは、この「合う相手を探す」ひと手間を自動化して、1億台以上の出荷が見込まれるiPhone 5の製造に応用したということです。
飛行機をデザインするというのは昔からの夢の一つでした。今回は映像作品ですが、自分がデザインしたものが大空を飛ぶシーンを見ることができたという意味では、少しばかり夢が実現しています。
前方に尾翼を持つ複葉機というのは、1903年に初めて動力飛行に成功したライト兄弟のフライヤー号と同じ形式です(前方なのに尾翼ってなんか変ですが、「前尾翼」というらしい)。未来的なスタイルを与えることで、過去と未来を同居させたいと考えました。
とりわけ気を使ったのは、機体そのもののデザインよりもむしろ飛び方。しなやかに滑らかに、そして軽やかに舞うように飛んで欲しくて、もっと横滑りさせてとか、翼にしなりをいれてとか、何度も柴田さんに注文を付けてしまいました。
そう言えば20年近く前に一度だけ、複葉機を操縦したことがあります。トロントの航空博物館を訪ねた時のこと。展示室の片隅で椅子に座ったパイロット服のじいさんが手招きするので近寄ってみると、小さな滑走路にあるクラシックな木製複葉機を指差しながら、あれでトロントの空を飛んでみないかと。
その複葉機は前後2座のタンデム機。言われるがままに前の座席に座って、足下から突き出ている棒状の操縦桿を握ると、いきなりガクガクゆれる。どうやら後部座席の操縦桿と連動しているらしく「わしがこれをゆらしたら、お前が操縦しろ」。えっ、えっと思う間もなく小さな飛行機はあっという間に空へ。
広大なカナダの大地に見とれていると操縦桿が再びガクガク揺れて、それから数分間、その複葉機は私のものでした。想像以上にクイックな挙動にびくびくしながらも、紅葉のトロントの街がよく見えるよう、旋回したり機体を傾けたり。夢のような時間…。
そんな体験が活きたかどうかはわかりませんが、WOWさんのおかげで、今回もとても気持ち良く飛ぶことができました。
私とパナソニックさんのおつきあいはとても長くもう15年以上になります。その間、家電製品の未来や、パナソニックという会社のデザインのあるべき姿について、何度も議論し、たくさんのものをデザインしてきました(製品化にいたらなかったモデルが死屍累々ですが)。今日のパナソニックのデザインに少なくない影響を与えちゃってるかもしれません。
で、今回はムービー制作。欧州向けにパナソニックデザインのプロモーションビデオを作って欲しいという依頼でした。もちろんショートフィルムとはいえ、自分の作品プレゼン用しか作ったことない素人の私がひとりで作れるはずもなく、パートナーとして選んだのは、今をときめく映像制作会社WOWさん。私の方でコンセプトワードやストーリーボードを描いて世界観を提示し、パナソニックのデザイナーさん達とも何度も打ち合わせをしながら製作したのが、このムービーです。
映像コンセプトは「Future Craft: デザインディティールの探査飛行」。日本製品らしい繊細な作り込みを、製品を巨大なビルに見立て、空を飛びながら見て回ります。ついでにその探査飛行のための飛行機もデザインしちゃいました。
映像監督は「デザインあ」の映像制作でも活躍しているWOWの柴田大平君です。とても楽しい仕事でした。(登場する複葉機のデザインの詳細については、その2で紹介します)
記憶が新しいうちに、パラリンピックの観戦について少しばかり感想を記録しておこうと思います。
メインスタジアムがあるストラットフォードの駅に着いた時から、膨大な人の列に驚きました。それをジョークを交えながら誘導し、盛り上げる案内係の人たち。顔に英国旗をプリントして気勢を上げながら歩く若者達。その中を楽しそうに進む障害を持った人たち。巨大なスタジアム周りの空間演出にもわくわくしながら会場に入った私と学生達を出迎えたものは、圧倒的な大観衆でした。オリンピックスタジアムは8万人が収容できるのですが、それがびっしりと満員なのです。
会場アナウンスが、これから出場する選手の個性を、パラリンピック独特の複雑なクラス分けと一緒にとてもわかりやすく紹介します。その度に熱狂的な拍手と大歓声。そして自然に起こるウェーブ。日本の障害者スポーツ大会のがらんとした観客席に慣れてしまっていた私と学生達はこれだけでもう涙ぐんでいました。
ここに来ている人たちは心からゲームを楽しんでいます。次々に記録を塗り替えるパラリンピアン達が賞賛と感動の大歓声を浴びているのを見て、学生のひとりが言いました。「いろんな問題が、こんなにシンプルになっちゃうんですね」と。
そんな中で私たちの義足研究仲間でもある高桑早生選手は、真っ先に飛び出す力強い走りで見事予選を突破しました。決勝の結果は7位でしたが、未来につながる成績です。あのオスカー・ピストリウス選手の勇姿も生で見ることが出来ました。
実を言うと、私たちがデザインしたスポーツ用義足の世界大会でのお披露目は、次の機会になりました。高桑選手は、私たちと一緒に開発した新しい義足と、ここ数年使って実績のある義足の両方を持って選手村入りしたのですが、最終的には古い方を選びました。新しい義足の完成がぎりぎりになってしまい、調整し切れなかったそうです。調整の負担をかけてしまったことを謝罪したのですが、逆に彼女に励まされてしまいました。
「あやまらないでください! たった3年でここまで完成させてくれただけでもすごいことです。来年の世界大会ではこの義足で走るつもりですよ。」
私たちの夢はまだ続きます。
最後にもう1枚写真を。槍投げ競技で投げた後の槍を選手のもとに返しに行くミニ「ミニ」の勇姿です。
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ここの所ずっと書籍の原稿に追われていたので、ブログを更新することができませんでした。しかし、ようやく書き終わりつつあります。完成間近の本のタイトルは、「カーボン・アスリート —美しい義足に描く夢」。この3年間ずっとやってきた義足デザインプロジェクトの活動記録です。
自分は文章がうまいとは決して思いませんが、多くの人が読みやすいと言ってくれます。しかしそもそも、文章の読みやすさとは何でしょうか。
小説家の平野啓一郎さんは、「小説を売ろうとすると結局はマーケティングの話にしかならないけれど、小説にデザインの発想を導入することで新しい書き方ができるのではないか。」と提言しています。純文学として読者に伝えたい重たいテーマには、今の読者はなかなかじっくりとつきあってくれなくなっているので、リーダビリティということ念頭に置いて小説をデザインしているそうです。
これは面白い考え方だと思いました。製品デザインには、提供できる性能とは別に、ユーザビリティという考え方があります。性能のいいカメラも使いにくいと十分にその性能を提供することがでないので、私たちデザイナーは慎重に検証を重ねながら「使いやすさ」をデザインします。文章にも伝えるべき内容とは別に、読者を内容にアクセスしやすくするためのデザインがあるのではないかというのです。
それを聞いて、どうせ書くなら私はデザイナーだから、その「リーダビリティ」にこだわってみようかなと思って文章を書いています。このブログでも、基本的に長い文章は書かない、専門用語はできるだけ日常用語に置き換える、説明には日常的な光景の例えをつかう、などを心がけています。
もうひとつ、気に留めていることは言葉のリズムです。最近の速読術では、音に頼ると読むスピードが遅くなるので視覚だけで読めと言いますが、私自身は、声に出して読んだときのリズムを考えながら書いています。読み慣れていない人ほど、語り口を必要とするのではないかと。まあこのやり方をしている限り、平野さんのような視覚的にも絢爛な文章は、到底書けそうにありませんが。
写真は、女子短距離走者の高桑早生選手のためにデザインしたカーボンファイバー製の義足です。義肢装具士さんと連携しながら、すでに四世代目。ようやく実戦に耐えるようになってきました(写真は Ver. 3.0)。書籍「カーボン・アスリート」でも、この開発ストーリーが主テーマの一つになります。自分で言うのもなんですが、泣けます。楽しみにしていてください。
刊行は7月。もっと読みやすくしたくて、まだ字句をちょこちょこいじったりしています。
楽器の演奏については全く不調法なのでハードルが高いのですが、デザイナーとして楽器の、特にアコースティックな楽器の構造が好きです。
先日、楽器の内部構造を建築写真のように撮影した一連の写真を知りました。Bjoern Ewersという写真家による、ベルリンフィル室内楽オーケストラのキャンペーンポスターらしいのですが、楽器の内部空間の魅力をこれまでにない方法で見せてくれる写真に、強い感銘を受けました。
生の音を奏でる楽器の多くは、共鳴のための空間を内部に持っています。弦やリードの振動によって生まれた音は、その空間の中を様々に伝わりながら、より力強く美しく醸成されて、音色となります。一連の写真は、その共鳴箱を建築のインテリアにみたてて、音の出入り口から差し込む光で撮影するというアイデアが秀逸。高解像度のファイバースコープで撮影したのでしょうか、見ていると美しい音が聞こえてきそうです。
バイオリンの独特のカーブを持った共鳴箱が、どのようにしてあの美しい音色を生み出すかについては、まだ十分には解明されていません。もしあれが単純に四角い箱だったら、向かい合う面の距離に合う長さの波が何度も往復して、特定の音ばかり強く出るようになってしまうでしょう。あの優雅で複雑な曲面が、様々な音域に柔軟に対応するために採用されていることは間違いないようです。
良く知られている事ですが、音階は、音の波長の不思議な調和でできています。1オクターブ上がるとちょうど波長が半分になり、その音を生み出す弦の長さも半分になる。つまり、音階に対応した長さの弦や管を並べると、1オクターブごとに半分、半分の半分、半分の半分の半分…と変化していく、きれいなカーブを描く列ができる事になります。これを数学的に言うと、等比級数と言ったり指数関数と言ったりするわけですが、それが人の耳にも心地よく聞こえるのです。
この音色と物理法則の美しい関係は、多くの物理学者や数学者を魅了してきましたが、当然の事ながら楽器のデザインの根源的な基調にもなっています。ギターのフレットのピッチが心地よいリズムを持っているのも、グランドピアノの上から見たかたちが美しいカーブを描いているのも、パイプオルガンの管が壮大なアーチを作るのも、みな同じ理由からなのです。
あー、アコースティックな楽器デザインしたい。