巨大マンタのあたまびれ

Daily Science,Sketches — yam @ 12月 29, 2010 10:40 pm

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沖縄の美ら海水族館は、何時間いてもあきない場所の一つです。大水槽を泳ぐ数体のジンベイザメが有名ですが、同じ水槽の中で巨大なマンタ(ナンヨウマンタ)に会えるのも楽しみの一つ。深さ10m幅35m奥行き27mの大水槽の、厚さ60センチのアクリルパネルの向こう側を羽ばたくように泳ぐ、幅4メートルのナンヨウマンタは優雅そのもの。世界で最も美しい生き物の一つと言えるでしょう。

ナンヨウマンタの口の両側には頭鰭(とうき・あたまびれ)と呼ばれるヒレがあり、これがとても面白い動きをします。このヒレは、高速巡航時には、円錐状に丸まって、口の両側に牙のように前方に突き出されていますが、方向を変える時や何かを食べるときには、下方にするすると展開され、舵と触角の役目を果たします。

頭鰭は外側に向かって巻き上げられるのですが、とても不思議な感じがします。私たちの手のひらが体の内側に向かって折り曲げられることや、いろいろな動物の手足が内側に向かって折り曲げられるのを見慣れているせいでしょうか。泳ぐ方向を変えるたびに片方ずつヒレを巻いたりのばしたりする所を見ていると、なんだか未知のテクノロジーを使った異星人の乗り物を見ているような気持ちになって来ます。

オニイトマキエイと呼ばれてきたこの巨大なエイは最近になって、オニイトマキエイManta birostris とナンヨウマンタ Manta alfredi の2種類に区別されることになりました。美ら海水族館始め日本の水族館にいるのはナンヨウマンタで、改めてオニイトマキエイと呼ばれるようになった種は、もっと巨大で滅多に人とは交流しない大回遊魚だそうです。動画は、マンタに2種類があることを発見した、オーストラリアの研究者アンドレア・マーシャルのインタビュー。頭鰭の動きがよくわかる美しい映像が連ねられています。

「かたちだけの愛」を義足のデザイナーとして読んでみた

Technology and Design,Works — yam @ 12月 15, 2010 9:08 am

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平野啓一郎さんの「かたちだけの愛」を読みました。

この小説の主題は「愛」なのですが、主人公は、交通事故で片足をなくした女優と、その現場に居合わせて彼女のために「美しい義足」を作ろうとするプロダクトデザイナー。実際に義足をデザインしているプロダクトデザイナーとして、少しばかり感想を書いてみたいと思います。

結論から言うと、とてもリアリティがありました。

<以下少々ネタバレ注意>

お話の中のデザイナーの生活や創作プロセスは、プロの目から見てもなかなか臨場感があります。いくつかの架空の商品やプロジェクトが登場しますが、どれも魅力的で、実際に形にしてみたいと感じるものばかり。アイデアが生まれたばかりのときの曖昧さと不安、徐々にかたちになっていく時の高揚感、人に使ってもらうときの喜びなど、共感できる所がたくさんありました。

特に義足のデザインについての問題点の指摘は、我々がいま進めているプロジェクトの出発点とほとんど同じでした。つまり、義足は本物そっくりがベストと思われているけど、本当にそれでいいのか、という疑問です。機械を使い、人工素材を使う以上、人の形に似せることと機能は原理的に相反します。本物に似せようとするほど、その違いがあらわになる。だからこそ、人の足を超えた美しい義足を目指すべきではないか。著者が、現場を取材して同じような問題意識を持ってくれたのだとすれば、それはとても心強い事です。

ドキュメンタリーではないので、小説的な「都合の良いこと」が少しばかりあるのはお約束。「愛」が主題なので主人公が直面する困難も主にそちら方面であり、例えば「デザインに対する無理解」というような我々の世界ではおなじみの面倒ごとは登場しません。この小説に登場する人たちはみんなデザインに対する理解が深くて、羨ましくなってしまいます。

ラスト近くの「現場」の雰囲気は特にリアルで素晴らしいと思いました。私も何度か体験したギリギリの緊張感とその中で起こるトラブル、へこたれずに作り続ける仲間達。何かを作り出す喜びに溢れています。そしてラストは本当にまぶしいばかりのイメージの渦。久しぶりにちょっと動けなくなるくらい感動しました。

ある方から私がモデルではないかという光栄な質問を頂きましたが、それはあり得ません。私が平野啓一郎さんに初めてお会いしたのは、この小説の新聞連載がまもなく終わる頃でした。確かに私も、「トロメオ」を使うし、「緒方君」というアシスタントもいるし、「ゴッドハンド」と一緒に義足を作っていますが、それらはみんな偶然です。おかげでリアルで楽しいパラレルワールド体験をさせていただきました。

トロメオ:36歳の建築家と52歳の照明技術者の共作

Sketches,Technology and Design — yam @ 12月 10, 2010 11:14 am

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デスクランプ「トロメオ Tolomeo 」は、今更私が言うまでもなく、二十世紀を代表するデザインであり、世界で最も親しまれている照明器具の一つです。

デスクランプとしては比較的オーソドックスな構造なのですが、それが恐ろしく洗練されていいて、機能とスタイルの完璧なバランスが、まるで機能美の教科書のよう。素材の使い方も理にかなっており、仕上げも精緻で、アルミという金属の魅力を存分に伝えてくれます。

特に感心するのは、一見すべての構造を露出しているように見えながら、ハーネスやスプリングなどの部品を巧みにアームの中に隠すことによって、幾何学的な美しさを際立たせていることです。構造と力学、製造技術をよく知りながら、それを高い美意識でコントロールしており、並外れた芸当と言えます。

この照明器具を初めて見たとき、めまいがしました。駆け出しのデザイナーであった私の理想のデザインがそこにあって、これをやられてしまったら自分はどうしたらいいんだろうという感覚。しかもメカニカルなディティールのちょっとした形の癖までがツボ中のツボ。私はトロメオの実物を90年頃に手に入れましたが、影響されてしまうのが怖くて、スケッチしてみたのは今日が始めてです。

トロメオという名前はエジプトの王朝プトレマイオスのイタリア名なのだそうです。この古き王の名を戴く照明器具をデザインしたのがミケーレ・デ・ルッキであることが一般的には知られていますが、メーカーであるアルテミデのサイトではミケーレ・デ・ルッキとジャンカルロ・ファッシーナの連名になっています。

1951年生まれの建築家ルッキは、すでに巨匠と言われる存在で、今も精力的に作品を発表し続けています。しかし、その多くは機能的というよりも、ユーモラスであったり象徴的であったり、むしろアーティスティックな作品が並びます。

一方、ファッシーナ Giancarlo Fassina は日本ではあまり知られていません。そこで少し調べてみると、1935年生まれの照明および照明器具を専門とする技術系デザイナーのようです。いくつかの建築事務所を渡り歩いた後1970年にアルテミデに入社し、技術者として多くの建築家やデザイナーと共同で照明器具を開発しています。

二人の経歴と関わった作品をながめていると、トロメオ誕生の経緯が見えて来ます。トロメオがデザインされた1987年にはルッキは36歳、ファッシーナは52歳でした。勝手な想像なのですが、気鋭の建築家の美的感覚を、経験豊かな照明技術者の技術力が支えることによって、この世紀の傑作が生まれたのではないでしょうか。

優れたデザイナーと優れた技術者の出会いが優れたデザインを生む構図は、やはり普遍的なもののようです。

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