スーパー竹とんぼ
その日の私は、美術館資料室で出会った数百のとんぼの、あまりの美しさに圧倒されていました。作者が愛飲していたという、ニッカピュアモルトの瓶に数本ずつ刺さっているそれは、ひとつ一つが形の違う手作りの「竹とんぼ」。
小型機のプロペラを思わせる翼は、中心に近い部分のねじれが大きくなっています。速度が大きい先端にいくほどにねじれを小さくするのは、航空機のプロペラの常道であり、それだけでもこの竹とんぼがエアロダイナミクスをはっきり意識したものであることが分かります。先端には、慣性モーメントを大きくするための重りとして金属のプレートが張られていました。こうすることで、勢いを失わず、滞空時間を長くすることができるのでしょう。記された数字はどうやらそれぞれの部品の重量のようです。
製作者は工業デザイナーの大先輩、秋岡芳夫さん(1920-1997)。彼は晩年に「スーパー竹とんぼ」と自ら命名した竹とんぼを数千機、製作しました。彼が創作したこの「スーパー竹とんぼ」は、いまでは競技用竹とんぼとして広く親しまれています。
目黒区美術館では、この秋に秋岡芳夫さんの大きな展覧会を企画しているそうです。この竹とんぼばかりでなく、若い頃にデザインしたというラジオやバイク、学研の「科学」の付録教材、2万点におよぶという道具のコレクションとその写真などの、膨大な遺品を見せてもらいました。
最も印象的だったのは、彼が二人の友人と始めた日本で最初の工業デザイン事務所のアトリエの写真でした。モノを作る喜びにあふれた空間で秋岡氏が、仲間達と本当に楽しそうに写真を撮り合った様子が伝わって来ます。この資料室に突然に呼ばれた私は、展示アドバイスを求められたのも忘れてただひとつ一つを眺め、いつの間にか涙ぐんでいました。最後まで自らの手で作り続けた秋岡さんは、こんな歌を残しているそうです。
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我ら竹とんぼ奇(貴)族。
ぼくは竹とんぼ作って楽しんでいる。まさかこんなに続くとは思わなかった。
こうすればこうなる。この技術はここで使えばよい。
これで作ればこんな形になる等々わかるまでが楽しいのだ。
わかってしまった後、それを作ることは、ある意味で苦痛になる。
なぜならば、それ以降は創造ではなく、おおげさに言えば工業製品を作るのと変わらない。
作りながら考え、考えながらつくる、この楽しみは他のものには変え難い。
竹とんぼをいまだに作り続けているのは、まだ行きつく先が見えないからだと思う。