ジャンボに込められた美意識
田川欣哉君が、まだ私のスタッフだった頃に、20世紀最高のデザインは何ですかと私に問いかけたことがあります。ぱっとついて出たのは「ボーイング747」でした。昨年、「クラシック・ジャンボ」と呼ばれるオリジナルシリーズ最後の747の現役引退が話題になりましたが、その時の会話で私がイメージしたのは、この初期型のジャンボでした。
私は「航空機を作る」という本を制作したときに、ボーイング777の開発プロセスを半年かけて取材しました。777は、”Working Together”というかけ声のもとに、全世界の航空会社や部品メーカーを巻き込んで、徹底した合議制で作られた飛行機です。ボーイング社は、広範なニーズ調査から出発し、運用の現場から要望と問題点を吸い上げ、製造の現場からも改善提案を募ることによって、市場にきめ細かくフィットし、高品質、低運用コストの航空機を作り上げました。
どこかで聞いたようなものづくりですが、それもそのはず、開発責任者の何人かは、トヨタをはじめとする1980年代の日本メーカーに学んだ開発プロセスであると明言しています。その結果、777は機体故障が極端に少ない航空機として、近年では最も成功した機種となりました。
でも私は何か物足りなさを感じていました。有り体に申せば、777の設計には美意識のようなものが希薄だったのです。
一方、747という航空機の構造や外観には、たまたまそうなったというような曖昧な物ではく、はっきりとスタイリング上の意思を感じます。ジャンボを特徴づけるコクピット周辺の豊かなボリュームと、ピンと跳ね上がる巨大な尾翼をつなぐ緊張感のあるライン。それを中央で支える主翼の付け根のたくましいふくらみ。そこから伸びる巨大な主翼のシャープさ。これらの要素が彫刻家の手になるかのように完璧なバランスで収まっています。貨物輸送機への転用を考えて設計されたと言われる2階建てのコクピットにしても、とてもやむなくそうなったとは思えない見事な曲面で構成されています。
特に私は、747の離陸を、真横よりも少し後方から見るのが好きです。空に向かって巨大な頭部を徐々に持ち上げ、それを追うように4つのエンジンが上を向きます。その後方には、大地に横たわる空気塊を抱えて大きく展開されるフラップ群、それとは逆に地面をこすらないようにピンとはね上げられた尾翼。離陸のための力を溜め込んだような緊張感をたたえながら少しばかり走った後、ゆらりと地面を離れます。そして、上昇と共に、ゆっくりと車輪を引き込み、フラップを閉じて、徐々に細身になって行く。
747は、エンジンを支えるパイロンの有機的なラインを始め、ディティールにも777にはない繊細さが込められています。777の開発ストーリーを取材中、私はエンジニア達に、ぶしつけな質問をしてしまいました。「777のスタイルには747ほどの美意識が感じられないのはなぜか」と。技術者達は口を揃えて、777も747も合理的な設計の結果である事に変わりはないと主張しますが、747の形についてしつこく食い下がると最後には、「偉大なサッターが決めた事だ」という言葉が何度も帰ってきました。
747の開発ストーリーには設計リーダー、ジョー・サッターの人間臭いエピソードがいろいろありますが、ボディから放たれる神々しいほどの生命感は、偉大なサッターとベテランぞろいだったという設計チームが込めた美意識なのでしょう。
航空機には、他の工業製品と同様に、いやもしかするとそれ以上に、設計者の思想と美意識が強く形に現れると私は考えています。もちろん異論もあるでしょう。航空機は、しばしば「機能的に洗練させるだけで結果的に美しいもの」として「機能美」の代表例のように語られて来ました。しかし、その結果を見ると、同じような構成の旅客機でも美醜の差が歴然とあります。私は777の取材を通じて、また、その後に航空機メーカーと仕事をする機会も得て、航空機設計はデザインそのものであると確信しました。
文献を見る限り、747の設計には、内装を除いてデザインの専門家が関わっていたと言う話は出てきません。しかしそれでも、いやだからこそ、この機能と美意識の奇跡的な適合を成し遂げた「ジャンボ」を、20世紀デザイン史上の傑作であると認めざるを得ないのです。サッターもまた、アレック・イシゴニスなどと同じように、工学設計と意匠設計が同居する巨匠であったと考えるべきなのでしょう。
以下はジョー・サッターの言葉から
「747には独特の威厳がある。乗客にしろ、パイロットにしろ、そこを気に入っているわけだが、それこそが人類に貢献している点で、その貢献は無視できないほど大きい。」(日経PB社刊「747ジャンボを作った男』前書きより引用)
クラシックジャンボの引退では多くの人が惜別の情を表明しました。新シリーズ747-8には、新しい理論と製造技術の成果であるしなやかな曲面翼が与えられています。燃費、安全性ともに大幅な改良が施されるでしょう。しかし、「一貫した美意識」が失われてしまったように感じるのは私だけでしょうか。
図版は1968年に747一号機を導入したパンナムの発表資料(航空大辞典より転載)
高い志を背景に到達した機能美のロールモデルでしょうか。ん?いや、そう言うと平たい感じ。もっと奥行きというか生命力を感じさせる747の素晴らしさは素人の私にも伝わってきます。
航空機、戦闘機まで範囲を広げると女性ファンが多いのが不思議な現象。
普通の女子から大手ブランドマーケの方など、背景を問わず私の周りに多いです。。。
美しいものに惹かれる素地?
それにしても飛び立つくだりの文章、実感できて思わずウンッとうなりました。
伝わります。。。
coさん
コメントありがとうございます。
この映像なんか、ぴったりです。@domino_sanからの情報でした。
http://www.youtube.com/watch?v=ZEKjKdeyq_M
初めまして、いつも楽しく、時には感動しながら拝見させていただいております。
小職、生産材のデザイナーなのですが、ここ数年、「機能美」について思いめぐらせております。
消費材と違い、「生産材にスタイリングは不要」と言われ、「生産材には機能美だ」と多くの方に言われるのです。
「機能美」の代表格とされる航空機もデザイナ(設計者)の意図で創られた形状である、つまり機能を突き詰めた(計算)だけでなく、発想(ある種のスタイリング)に基づいた形状なのだと訴えていました。ところが、なかなか、このことを立証するに至りません。そんな折り、今回の記事を拝見し溜飲が下がる思いです。
実際、数年前にJAXAで機体形状と性能の相関関係に関する研究について話を伺う機会があったのですが、サンプルの機体はどうも格好わるい(笑)もしかすると、人間は計算とは違う不完全さの中に自然な美を見ているのかもと感じました。
とりとめも無い文章失礼しました。
「777の設計には美意識のようなものが希薄だったのです。」とのコメントに全く同感です。
「この業界には古くから、『まともなかたちをしていれば、まともに飛ぶ』という格言があるが、サッターも同感だった。」(「ボーイングを創った男たち」)とあります。サッターさんもきっと、設計に関わる色々な理屈を超えた「何か」をとても大切にされていたのではないかと思います。
著書を紹介させて頂きました。
http://goo.gl/SPSDU