水とパルプの別れと出会い

Bones — yam @ 4月 16, 2010 2:40 pm

paper_machine_1

製紙業は昔から水と関わりが深い産業です。富士山に降った雨や雪が、地下水となって豊富にわき出る富士市にはたくさんの製紙工場があります。合併して四国中央市という???な名前になってしまった、愛媛県の伊予三島、川之江の両市も石鎚山の麓、わき水の多いエリアで、ここにも大王製紙をはじめとする巨大な製紙工場群があります。

私は四国松山出身ですが、伊予三島市のお隣に私の父の実家があり、子供の頃にはよく遊びに行きました。瀬戸内海独特の穏やかな海に面しており、海水浴に来て巨大なカブトガニに遭遇したこともあります。高度成長期には、公害が問題になった時期もあり、一時期は泳ぐのをためらうような海であったのですが、近年は随分美しい海に戻ったように思います(地名も戻んないかな)。

紙を「すく」という言葉には二つの文字があります。「漉く」という文字は、人の手で網を使って水から紙を引き上げる行為に使います。繊維を溶かした水の中に網を入れて持ち上げ、水を切って網の上にできた膜をそっと持ち上げると、もう紙らしき物ができています。繊細な作業ですが、瞬間芸のような軽やかさもあって、なかなか楽しいものです。

これに対して工場で紙を作ることは「抄く」と表記されます。現代の製紙工場では、幅2メートル近い巨大な網のローラーが、パルプを含むプールのような水槽から次々に紙を抄き上げていきます。これもある意味、瞬間芸ですね。日本で毎年3千万トンもの紙が、基本的には同じ原理で生まれています。そのあとには乾燥やプレス、塗工、裁断などの長い工程が続きますが。

ベルトコンベア式の網で連続的に長い紙を抄き続ける機械は、18世紀末にフランスのルイ・ロベールという人によって発明されました。ロベールの抄紙機は、大きめの浴槽ぐらいの樽の上に、ポンプと水口、網のベルトコンベアが歯車で連結された人力の木製機械です。その魅力的な姿が今回の出品物「水より生まれ、水に帰る」のきっかけになりました。18世紀にできる事なら何とかなるんじゃねえか、と思ってしまったのが苦労の元でした。

「水より生まれ、水に帰る」は紙が生まれる瞬間を切り出したインスタレーションです。パルプを含んだ水が一瞬で紙と清らかな水にわかれます。紙はゆっくりと運ばれ150秒後には再び水に出会い、パルプに戻ります。白濁した水はマシンの足下を循環して、再び網の上に注がれます。この装置は、製紙工場の原理モデルでもあり、紙のライフサイクルのモデルでもあるのです。

会場では詳しい事は何も説明していません。上を見上げるとわずかな説明がありますが、紙と水の精妙な関わりを、この装置が無言で伝えてくれるのではないかと期待してあの場を作りました。

今日は夜に会場に行ってみます。見かけたら遠慮なく声をかけて下さい。

5 Comments »

  1.  私も子供のころその海で泳いだ記憶があります。ビーチボールが流されて泳いでも追いつけず困っていたところ地元の子が颯爽と泳いで、取ってきてくれたことを思い出しました。ちなみに私のおばあちゃんは像のような人でした。

    コメント by ワニトンマ — 4月 16, 2010 @ 10:05 pm
  2. ワニトンマさん

    えーと、びっくりするのでいきなり身内が書き込むのはやめて下さい。
    確か颯爽とボールを取ってきてくれたのは、私よりいくつか年下だったので
    かなり恥ずかしかった記憶があります。
    ちなみに私のおばあちゃんも象(像じゃなくて)のような人でした。

    コメント by yam — 4月 16, 2010 @ 11:29 pm
  3. 先ほどTAKEO PAPER SHOWを見てきました。
    「水より生まれ、水に帰る」は正に「紙の原型、本質を感じてもらう」というコンセプトを誰もが分かる形に落としこまれていて驚きました。正直、本当にさらさら流れる水から原紙が誕生して、水に溶けていくとは思っていませんでした。竹尾の人達もきっとこれを見てもらい、多くの人に知ってもらいたかったんだろうなと勝手に解釈してました。

    「風をはらんで、命を宿す」は、何故あの向きで浮き上がるのでしょうか?理由が分からず、紙をひっくり返して凹んだ面を下向きにしてみたのですが、クルッと反転してそのままふわふわと舞い上がっていきました。何度試しても同じでした、不思議です。
    離れて見ると羽根の様で、触れると和紙の様で、普段コピー用紙ぐらいしか手に取らない生活の中では見られない姿を見せて頂けて、引き込まれました。

    もしかしたら会場でお見かけできるかもと期待していたのですが、人も多く、山中さんを見つけられませんでした。

    とても魅力的な展示ばかりで、紙の魅力に取りつかれてしまいました。
    長々と失礼しました。

    ありがとうございました。

    コメント by tq3 — 4月 17, 2010 @ 1:32 am
  4. tq3さん、こんにちは。

    PAPER SHOWにいらしていただいてありがとうございました。
    お会いできなくで残念でしたが、楽しんでいただけて何よりです。

    あのお椀型については、学生達がたくさんの試作をしてあの形に落ち着きました。
    実は漉き方に秘密があります。中央部を厚く、周囲を薄く漉いてあるので、重心がお椀の底部にあり、その結果、バトミントンのシャトルのような安定した振る舞いをします。

    このあたりの苦労話でひとつエントリーが立てられそうですね。
    ご質問、ありがとうございました。

    コメント by yam — 4月 17, 2010 @ 10:56 am
  5. なるほど、だから逆さまにしてもすぐに元通りになるんですね。
    苦労話も聞いてみたいです。

    ご回答ありがとうございました。

    コメント by tq3 — 4月 23, 2010 @ 1:04 pm

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