有人小惑星探査船 その2

Sketches,Technology and Design — yam @ 1月 3, 2012 7:26 pm

引き続いて有人小惑星探査船のデザインのお話。

この宇宙船のデザインに特徴的なのは、中央の居住区を放射状に取り囲んだ推進剤タンクです。話題となった無人探査機ハヤブサは、とても少ない燃料(推進剤)で時間をかけて小惑星イトカワまで往復しました(7年もかかったのは予定外ですが)。しかし有人機では、過酷な宇宙空間に人が滞在する時間をできるだけ短くする必要があります。そのために膨大な小惑星を精査して、最短で行ける目標を選んだのですが、それでもかなり加速してスピードを上げて航行し、ブレーキ(とはいえ、加減速とも1G以下ですが)をかけて小惑星にランデブーすることになります。宇宙では加速にも減速にも膨大な推進剤を使うので、出発時の船体は推進剤タンクの固まりのようになります。

これをデザインするにあたって、最初は学生たちと一緒に、いわゆる「宇宙船」っぽいスケッチを描いていたのですが、何度も野田さんからダメ出しされました。「そもそも船体を前後に長くしたり、全体にまとまり感を与えたりする必然性ないから」と。

言われてみればスピード感のような美意識は、無意識に流体中の移動体が持つ合理性を引きずっていています。加速度も大きなものではないので、過度に剛性や強度を持たせて重くすることは推進剤のロスにつながります。広大な宇宙で組み立てるので、コンパクトにすることにもさほど意味はありません。スケッチを描きながら、私たちが持つ「カッコイイ」という感覚が、空気や水と重力の影響をいかに強く受けているかを思い知らされました。

議論の末、中央の推進軸上に居住区を置き、それを取り囲むように推進剤のタンクを放射状に配置することにしました。宇宙空間での組み立てやすさ、切り離しやすさに配慮すると同時に、居住空間を囲むことでいくばくかの宇宙線の遮蔽効果にも期待しています。4機のスラスターの反対側(先頭?)には円錐状の再突入カプセルがあり、本体の影にならないよう少し前方の離れた所に、太陽電池パネルが展開されています。

この不思議な船体が、重力の影響をあまり受けずに水の中を漂うように生きるクラゲの幼生や藻のような印象なのは、偶然ではないような気がします。実際、宇宙機の航行は「飛ぶ」というよりも「漂う」に近いのです。

下は居住区のスケッチです。3人の宇宙飛行士は6ヶ月間、ほとんどの時間を無重量状態で過ごします。ついつい上下のない自由な内装をデザインしたくなりますが、どうやらそれは宇宙飛行士に多大な心理負担をかけることがわかってきました。初期の宇宙船では上下のない内装も少なくなかったそうですが、現在のISSなどでは、はっきりと上下がわかるようにデザインされています。

居室は全部で五つ。中央に食堂があり、周囲にラボ、寝室、ジム、与圧室が配置されています。至る所に「手すり」があり、ディスプレイなどが、その手すりに細いアームで柔らかく固定されています。こんなに突起があるとぶつかってケガをするのではないかと思うかもしれません。しかし、無重量状態では基本的に「転ぶ」ことがないので、思い切って壁を蹴らない限り、どこかに強く頭をぶつけることもないそうです。

その3に続きます。

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