図面なんかいらない
「弓曵き小早船」の製作を依頼するために名古屋の工房を訪ねたときのことです。スケッチを見せながら作ってほしい物を説明し、これから図面を描くつもりだという事を伝えたとき、九代目尾陽木偶師、玉屋庄兵衛はこともなげに言いました。
「図面はいりません。私は図面を使わないので」
からくり人形師というのは、元祖デザイン・エンジニアだと思います。ただ一人で人形のふるまいを計画し、形や構造をデザインし、部品製作も組み立ても自らの手で行います。近代以降の分業化によって失われてしまった、ものづくりの理想がここにあります。
玉屋さんは、からくり人形を作るとき顔から作ります。四角い木の固まりの上に鉛筆でだいたいの頭部の形を描き、切り出して、そのまま顔の詳細まで仕上げてしまいます。「顔が決まれば大きさが決まるんですよ、人形は八頭身ですから。」
胴体の部品や複雑な機構部も作り方は同じで、木の板を部品の上に当てながら寸法を決めて、その周辺の部品を作ります。紙に図を書く事をしない玉屋さんは、木材が三次元の図面そのものであるかのように、物に物を合わせながらデザインし、同時に製作して行くのです。
それまで私は、いきなり素材を加工することは無計画な事だと思い込んでいました。デザイナーは通常、製品を工場で作り始める前に、これからどんな物を作るかを図面やCADを使って細かいところまで決定します。日曜大工の入門書でも、まずは図面を書きましょうとあります。そうしないとちゃんと組み上がりませんよと。
しかし、玉屋氏は私の描いた数枚のスケッチから、「弓引き小早船」のすべてを作り上げました。出来上がった物の精密さと完璧な動作を見せつけられたとき、もしかすると「図面」は、本当はいらない物なのではないかという疑問がわいてきました。
図面というのは、設計者と製作者をつなぐ言葉のような物。もし自在に臨機応変に最終素材を加工する事ができるなら、デザインと製作は同時であり、記号化された情報の交換は必要なくなります。自分がまだまだ産業革命以降の近代の枠組みの中だけで思考していた事を思い知らされた経験でした。
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以下関連のエントリーです。
清水行雄と玉屋庄兵衛 — yam @ September 5, 2009 2:31 am
はじめて書き込みます.
「骨」展に行ったときにこのからくり人形を見て,その機能と美しさが「有機的」に融合されている,という印象を受けました.
工業製品といえば,金属等の人工的な素材を設計図に沿って加工するのが一般的で,もちろん効率の面で言えばこれがベストなのだと思います.
しかし「有機的な素材」を「有機的なプロセス」で加工して作り上げられたものだからこそ生まれる質感というものが存在し,それがまさにその点において一般的な工業製品には無い魅力となっている点は興味深いと思います.
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Naoさん、書き込みありがとうございます。
玉屋氏の作品にはあらゆる所に手の痕跡が見られます。
手で作っているからばかりではなく、手で考えている事も影響しているのでしょうね。