スティーブ・ジョブスの台形嫌い

Mac & iPhone — yam @ 3月 3, 2010 1:12 am

macii

手もとにあるプラスチックの製品を見て下さい。真四角な箱だと思っていたものが、よく見るとほんの少しだけ台形になっていませんか。二つの箱を合わせて作られた製品の、真ん中のつながりをよく見ると、わずかに「くの字」に膨らんでいませんか。まっすぐな円筒だと思っていたプラスチックのキャップ、よく見ると少し、口の側が大きくなっていませんか。

プラスチックの製品は、熱く溶けたプラスチックを型に流し込んで、冷えて固まったところで取り出して作ります。そのために多くの場合、どちらかの方向に向かって台形に広がっています。まっすぐなものは型から抜けないからです。型抜きポンで作る板チョコが必ず台形になっているのと同じです。真四角の高級生チョコは違いますよ。ひとつ一つ切って作りますから。

appleの創始者スティーブ・ジョブスはこの台形が許せませんでした。Mac II以前のMacはみんなちゃんと直方体になっています。プラスチックは生チョコのように切って作るわけにはいかないので、型を分割できるように工夫します。型をバラバラにしながら取り出すと、側面が垂直のきれいな直方体が得られます。しかし手間をかけた分、部品の値段はグンと高くなります。これを専門用語でゼロドラフト(抜き勾配ゼロ)といいます。

あるとき、高いものばかり作っていたジョブスが会社を追われました。追い出した人たちは、Macをほんの少しだけ台形に直しました。その方が安く作れるからです。でも、私たちの目はごまかせません。ジョブスがいない時代のMacが、何となく普通なのはそのせいです。Macの板チョコ時代です。

ジョブスが戻ってきて、再び台形をやめました。初代iPodシャッフルやMac miniのボディは切り出されたように四角くデザインされました。ACアダプターでさえ、側面がちゃんと垂直になっています。まさにゼロドラフト、生チョコの復活。

iPhoneの背面ボディを作っているつやつやの曲面をよく見ると、ある所から前は台形に開くどころか丸くすぼまっています。これはひとつひとつ、磨いて作られました。非常識にコストがかかる製造方法です。ほとんどトリュフチョコ。

というわけでAppleのデザインは、ひとえにジョブスの台形嫌いが支えているのでした。板チョコに恨みがあるに違いない?

19 Comments »

  1. こんにちは。
    私は収納棚で使う、プラスチック製の収納ボックスの類が嫌いです。
    断面がたいてい台形で、底がすぼまっています。

    使い手の事情よりも作り手の事情が優先されている典型のように思えるからです。

    無印良品のプラスチック製コスメボックスはまっすぐ、すっきり作られていて、初めてこれを見たとき心の中で拍手しました。

    複雑な工業製品も、下手をすると「台形の寄せ集め」に陥るのですね…よい勉強になりましたm(_ _)m

    コメント by けやき — 3月 3, 2010 @ 8:54 am
  2. 悪いことばかりじゃないですよね。
    確かに製品の見た目には大きく影響しますので、私もゼロドラフト好きです。
    でも、プラスチックボックスの様なものは、中身が空っぽですし垂直に仕上げてしまうと積み重ねると単純に2倍の高さになります。台形になっていると内側に落としこめる(スタッキングできる)ので体積を減らすことができます。輸送時や、ストック時の容積を減らせます。輸送コストを下げられます。
    無印良品も以前は上記のことを謳って、台形がたのプラスチックケースを出していました。

    このことが、けやきさんのおっしゃる作り手側の事情なのでしょうね。無意識な勾配がついた製品は、確かに美しくありませんね。。

    IKEAで見かけた、ボックスは思い切り勾配がつけてあって逆に好印象でした。

    勾配問題、いつも考えさせられます。

    ところで、輸送コストの話って実際本当なのでしょうか。。。ちょっと疑問。

    コメント by ma — 3月 3, 2010 @ 9:43 am
  3. なるほど!!!
    そういえばそうです!
    私の初期LCシリーズから見返すとまさにそうですね。
    Appleマニアは他PCと比較購入しませんから、ある意味通用したポリシーなのでしょうか。。
    ちなみに「つやつや」は確か日本の地方企業の手磨きでしたね。
    このこだわりが嬉しい反面、コストを考慮しないビジネスモデルはやがて消えて。。。なんて考えたくナイです。

    コメント by co — 3月 3, 2010 @ 2:35 pm
  4. けやきさん

    無印の製品もかつては台形のものが多かったのですが、
    最近はどの商品もゼロドラフトですね。
    ボックスのコーナーアールが終わるところに細い凸のラインが
    入ってると思います。それが分割された型の継ぎ目です。
    型をいくつに分割して作ったかをたどることができます。

    コメント by yam — 3月 3, 2010 @ 3:26 pm
  5. […] 山中俊治の「デザインの骨格」 » スティーブ・ジョブスの台形嫌い […]

  6. maさん

    初めてのコメント、ありがとうございます。
    <コストのための台形=悪いデザイン>でないことはもちろんです。
    コストもユーザーのベネフィットなので、いろいろな考え方があると思います。
    ただ、ジョブス氏が非凡であるのは、経営者でありながら
    それが売り上げにつながるかどうかや、ユーザーが求めているかどうかではなく、
    彼の美意識で決断している(らしい)ところでしょう。

    コメント by yam — 3月 3, 2010 @ 6:16 pm
  7. そうなんです。理由を言い訳にしてはいけないんだと思います。
    アップルに学ぶことは、本当に多くて関心させられます。

    コメント by ma — 3月 3, 2010 @ 9:02 pm
  8. ふむふむ、とても勉強になりました。デザイナーにしか書けない名エッセイです。専門家の視点の話だけど、誰が読んでもフムフムと頷ける。ジャーナリストには、こうは書けない。ちょっと嫉妬しました。

    コメント by 藤崎圭一郎 — 3月 4, 2010 @ 2:17 am
  9. 初期の頃のデザイン(AppleIIや初期Macなど)やら、ポリタンクやiMac、シェル型iBookなどなど、実際には色んなバラエティがあります。初期は工業的な技術の問題かもしれませんが、むしろ「視覚的にデザイン的な意図を持って勾配を使ってる」という印象もあります。近年の(あるいは、一時的に往時の)デザインが直方体ベースなのは、おそらくは、ジョブズ氏の「美意識」というよりは、「その時の担当デザイナーの美意識」なんでしょうね。今後またデザイナーが変われば、台形製品がモリモリ出てくるかもしれませんね。

    コメント by 城戸正成 — 3月 4, 2010 @ 11:29 am
  10. coさん

    いつもコメントありがとうございます。
    LCはなんとかゼロドラフトを保っているのですが、
    そのあとの製品はコストダウンばかりが目立ってくるようになりますね。
    アップル復活が、デザインにコストをかける事と連動していることには
    (それが原動力になったかどうかはわかりませんが)デザイナーとしては
    勇気づけられます。

    コメント by yam — 3月 4, 2010 @ 12:04 pm
  11. 藤崎さん

    コメントありがとうございます。
    文章の専門家の方に合格点を頂けた事をとてもうれしく思います。

    コメント by yam — 3月 4, 2010 @ 12:09 pm
  12. […] スティーブ・ジョブスの台形嫌い – 山中俊治の「デザインの骨格」 […]

  13. オモシロかったです。

    コメント by wagonR35 — 3月 9, 2010 @ 4:37 pm
  14. […] “スティーブ・ジョブスの台形嫌い“については、たくさんの反響をいただきました。製造コストのために、垂直に作りたくても少しだけ台形にせざるを得ない状況は、多くのメーカーの技術者やデザイナーが日頃経験している事だと思います。 […]

  15. 1985年5月24日の取締役会でJobs氏は、すべての仕事を剥奪されている。Macintosh II の発売は1987年3 月2日そしてJobs氏は、1985年9月12日にNeXTを立ち上げているのだから、この話の流れは根拠があるのでしょうか?オープンマックはJean-Louis Gasséeの意向です。それがMacintosh IIこのマシンはJobs氏に知られないように開発されているのです。ですから少なくともMacintosh IIのデザインには関与していません。

    コメント by Illustrator-meiste — 4月 15, 2010 @ 3:08 pm
  16. Illustrator-meisteさん、はじめまして。

    コメントをありがとうございます。

    私はむしろエスリンガー氏が、ジョブス氏と作り上げたデザイン言語であるスノーホワイトを、MacIIやLaserWriterII、SEなどにおいて完成させたと思っています。

    ジョブスがいなくなってあれができたというよりは、むしろ去ってしまった盟友との美的共感を守り抜いたのではないでしょうか。

    このあたりのアップル社内の歴史と、それぞれの商品に対する貢献についてはいろいろな情報が錯綜していますが、私は、スノーホワイトやNeXTと、最近の一連の製品を比較してみて、素材感とスタイルの関係をめぐる美意識およびそれに対するコスト投入意欲に共通のものを感じ、これをジョブス氏のものであると主観的に断じました。

    いつかはジョブス氏ご本人に聞いてみたいと、ずっと思っていましたが、もう無理かなあ。

    コメント by yam — 4月 15, 2010 @ 7:28 pm
  17. […] 今どきそんな調査で地デジ普及率を発表していたのか…。実態は全然違うんじゃないのか。 型抜きポンで作る板チョコが必ず台形になっているのと同じです。真四角の高級生チョコは違いますよ。ひとつ一つ切って作りますから。 山中俊治の「デザインの骨格」 » スティーブ・ジョブスの台形嫌い […]

  18. 単に好みの問題なので、それを理由になにかもっともらしい話をするのもどうかと…。
    「理由のある形」は、それはそれで美しいと思いますけどね。
    コストも抑え、かつ美しいというのが消費者にとっても嬉しいはずで
    それを両立する製法なりデザインなりを考えるのが本当に優れた人じゃないのかな。
    いってみればジョブズの採った手法は「次善の策」ですよ。

    コメント by sowcana — 2月 24, 2012 @ 11:21 am
  19. […] あるとき、高いものばかり作っていたジョブスが会社を追われました。追い出した人たちは、Macをほんの少しだけ台形に直しました。その方が安く作れるからです。でも、私たちの目はごまかせません。ジョブスがいない時代のMacが、何となく普通なのはそのせいです。Macの板チョコ時代です。 ジョブスが戻ってきて、再び台形をやめました。初代iPodシャッフルやMac miniのボディは切り出されたように四角くデザインされました。ACアダプターでさえ、側面がちゃんと垂直になっています。まさにゼロドラフト、生チョコの復活。 山中俊治の「デザインの骨格」 » スティーブ・ジョブスの台形嫌い […]

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