INSETTOの話 その1

Bones,Works — yam @ September 20, 2009 7:43 pm

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その繊細な部品を「骨」展に出品したことで、何人かの知り合いがINSETTOを新たに所持してくれるようになりました。たいへん高価な時計なのですが、イッセイミヤケのショップでもぼちぼち売れているそうです。

デザインコンセプトは「自然散策のお供をしてくれるかしこい昆虫」。針の形状や、ボディとベルトのつなぎ目なども、昆虫の形をモチーフにしています。

この腕時計を最初にデザインしたのは20年前、私がまだ30を過ぎたばかりのころです。その頃セイコー電子工業は、すべての針に独立のマイクロモーターが装備された全く新しい機構を開発中でした。つまり、針が自由に別々に動き回れる時計です。

この仕組みに可能性を感じた私は、通常のクロノグラフに加えて、世界中の時刻、緯度経度、方角、移動速度、日の出や日の入りの時刻などを臨機応変に表示する「計器」として、このINSETTOをデザインしたのです。残念ながら様々な理由により、その未来的な技術コンセプトの製品化は実現しませんでした。

時が流れ、2000年、私は三宅一生氏に出会いました。その年に発表した両手親指キーボードを見た三宅氏から「未発表作品も含めて作品をすべて見せてほしい」とありがたい言葉をいただき、私はポートフォリオを送りました。

三宅氏からの回答は驚くべきものでした。「あなたの腕時計のプロトタイプに非常に感銘を受けた。これをイッセイミヤケブランドで商品化できないか」。まだイッセイミヤケの腕時シリーズが、世にない頃の話です。

私は、かつてINSETTOの開発をともにした、セイコーの技術者達に連絡しました。「あの技術はどうなりました?」

十数年の時の間に、その技術がもっと洗練されていることを期待したのですが、事実は逆でした。「マイクロモーターによる多軸制御技術」は時代のあだ花として葬り去られ、腕時計の技術トレンドは「機械式時計の復権」に移行していたのです。

私は戸惑いましたが、ISSEY MIYAKE INC.の社長に就任したばかりの北村みどりさんにも励まされながら、(セイコー電子工業から名前も変わって)セイコーインスツルの技術者たちとともに、高度な職人技に支えられた「機械式時計」として、INSETTOを再設計ました。

新たにデザインされたINSETTOの針は、独立に自由に動き回るものではありません。最新の機械技術を持ってしても、それは実現しませんでした。基盤になっている技術が変われば、かたちも変わるべきでしょう。しかしあえて私は、元のスタイルコンセプトを残しました。

それは失われた技術への、私のセンチメンタルかもしれません。以下は新生INSETTOに寄せた私の文章です。

Time is of no use to the natural world. We humans, however, need time to understand this wondrous world and invented the watch to measure it. The watch tells us the position of the sun, the duration of walking and the moment a flower blooms. It is also an essential tool for the observation and recording of activities of small creatures. A wristwatch behaves as a clever servant that fills the demand of a scientific attitude. The INSETTO design incorporates several concepts such as Jean-Henri Fabre, natural history and the flow of time in the biosphere. The final design statement, ‘A watch as an intelligent agent for everyday exploration,’ clearly describes the new watch INSETTO.

For INSETTO, Shunji Yamanaka

 

 

自然界に時刻は存在しない。しかし、人が自然を理解するためには時計が必要な時もある。太陽の位置を知る。歩いた時間を測る。小さな動物たち行動を観察、記録する。花の開く瞬間を見極める。自然を深く理解するための科学的なまなざしは、腕時計と言う賢いお供を必要とする。この腕時計は、「ファーブル先生へ」「博物学」「生物圏の時間」といったキーワードをもとに、「知的な、自然探索のお供として、主人とともに行動する小さな機械のしもべ」としてデザインされたものである。

INSETTOのデザインによせて、山中俊治

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こうして、埋もれていたデザインは、失われた技術ドリームを身にまとっまま世に出ることになりました。しかし、そう簡単にことは運びません。

INSETTOは2001年の9月12日に、ニューヨークで発表されることになりました。この日付と場所を見て、えっと思う人もいるでしょう。そう、あの9.11の翌日です。私は発表会のために、家族とともに9月10 の午後にニューヨークに入りました。

続きます。

photo by Yukio Shimizu

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